第四章 上司と部下
| 「・・・というわけで、なんとかプロジェクトチームを組むことができまし たよ。星田くんにいろいろとアドバイスをしてくれたそうで。 いい感じでスタートできそうですよ。これも羽賀コーチのおかげです。」 「いやいや、私は何もしていませんよ。お礼を言うなら星田さんにお願いし ます。 でも事がスムーズにすすんでよかったですね。 ところで、今日のセッションはどんなテーマで進めましょうか?」 プロジェクトチームの一件からあけた翌週の月曜日、羽賀コーチとの3回 目のコーチングセッションが始まった。 思えば羽賀コーチに出会ったその日から、すべてがトントン拍子で進んで いる。今までの会社生活の中で、これほど充実した日々はなかっただろう。 これがコーチングの効果なのか・・・。 「今日のセッションですが、これからプロジェクトチームをどうまとめてい こうかと思いましてね。なにしろチームからの提案を6週間でまとめないと いけませんから。すでに数日経っているので、実質5週間といったところで す。果たしてうまくまとまるものでしょうかね・・・」 こうやって、月曜の朝7時から始まったセッションを進めていく。週の初 めに自分に『喝』を入れるのも悪くないな。 会社に着くと、月曜は定例会の準備。 いつもはこの定例会の時間はとても気が重かったのだが、今はなぜか足取 りが軽い。自分の思ったとおりの事ができるって、こんなにも気持ちいいも のだとは思わなかったな。 営業フロアには、相変わらず出社の早い藤井くんが目に入った。 「おはよう、藤井くん。今週もはりきっていこう!」 意気揚々と、元気よくあいさつを行った私に対して、藤井くんの答えは 「あ、課長。おはようございます。」 沈んだ声でたったこれだけの返事。 おかしいな。コーチングを受ける前だったらこれが逆だったのに。明るく あいさつをする藤井くんに対して、定例会がいやでたまらずに元気のない私。 そう言う図式がずっと続いていたんだ。それが今日はなぜか逆転している。 「おい、藤井くん。どうしたんだ?元気ないじゃないか。 さては週末、いやなことでもあったのか? そんなこと、人生の中じゃ一度や二度起こることだよ。 くよくよせずに元気だして行こう!」 「はぁ・・・」 私なりに精一杯元気付けをやってあげたつもりだったのだが、藤井くんから は覇気のない返事。それどころか、私を見る目つきが今までと少し違って見 えていた。 月曜の定例会は、プロジェクトチームの人選の報告と5週間後までに報告 というスケジュールを、参加役員と部長、課長達に伝えるのみであった。 ま、自分としては大いなる一歩なんだけどね。 しかしこの席で気になったのが、私の上司である三宅営業部長のよそよそ しい態度。何かをいいたそうなのだが、それが口に出せないと行った感じで あった。 部長のそんな態度が気になりながらも、定例会は終了。営業フロアには一 足先に菊池課長が定例会から戻っていた。 今日の部長の態度よりも気になるのが営業2課の菊池課長。 もともと私をライバル視していたのは知っていたが、2週間前に私がプロ ジェクトの件を打ち出して以来、怖ろしいほどのモーレツぶり。あたかも 「営業部は有川という若造のモノだけじゃないんだぞ。」とアピールしてい るかのように。 「いいか、おまえら!大手取引先だけがこの矢木沢産業のお客じゃないんだ ぞ。この営業2課が担当している小口のお客様がいるからこそ、バランスが とれているってものだ。 とにかくおまえらは足で稼ぐのが仕事なんだ。 しっかり行ってこい!」 このモーレツぶりは、営業フロアに響く菊池課長の声の大きさからもうか がえる。あのゲキの飛ばし方はちょっと異常かもしれないな。部下に対して の命令がとても激しくなっているのがわかる。 「特に篠田!今日こそはあのSK工業を落としてこい! あそこまでお膳立てしているんだ。おまえのためなんだぞ、わかってるな!」 特に係長の篠田さんに対しては激しいモノがあるな。 篠田さんは同じ営業2課で、歳は40過ぎ。 今回のプロジェクトチームにいる前村くんとは正反対の性格。いつももご もごした口調で話しをするし、自分の意見を進んで言おうとしない。正直、 外回りの営業には向かないタイプだな。 営業成績もおそらく最下位だろう。年齢だけで係長になったという人だと 聞いているが・・・確かにこの人が自分の部下だったら、ちょっと考えるよ な。 菊池課長が集中してゲキを飛ばしたくなるのもわかるわ。 おっと、人の部署を心配している場合じゃない。 自分のところ、特に今朝の藤井くんの態度にはちょっと引っかかるものが ある。ちょっと探りをいれてみるか。 「宮永さん、藤井くんに最近何か変わったことはなかったかな? なんだか元気がなさそうなんだけれど・・・」 「え、藤井さん・・・。あ、いや、特に何もなかったとは思います・・・。」 ん?宮永さんの口調がちょっと気になるな。何か知っているような口ぶり にも聞こえたんだが。 部下の藤井くん、羽賀コーチと星田くんから教えてもらった『4つのタイ イプ』でいうと、おそらくプロモーターの部類に入る明るさだと思っていた んだが。どうも今朝の態度を見ると、心に何かを引きずっているようだな。 しかもその原因、私以外の部下はひょっとして知っているんじゃないのか な?さっきの宮永さんの口ぶりから見ても、それを感じずにはいられないな。 私の他の部下数人にも同じように聞いてみたんだが、みんな判を押したよ うに同じ答え。 「いや、何もないと思いますよ」ってね。 逆にそれが気になってしょうがないな。 ふと思い立ち、仕事中ではあるが羽賀コーチにメールを打つことにした。 私用メールがいけないのはわかっているのだが、どうしても気になるから な。ホントなら電話をかけたいところなんだけれど、羽賀コーチも別の人の コーチング中だったらまずいし。 『羽賀コーチ様 矢木沢産業の有川です。 突然ですが折り入って相談があります。 実は私の部下の事なんですけれど、先週までは明るかった彼が今日になっ て突然態度が変わってしまったのです。 何か変わったことはないか、周りの人に聞いてみたのですが、皆同じよう な答えで「何もない」ということ。 私の取り越し苦労ならばいいのですが、どうしても気になっています。 こんなとき、コーチング的には変わってしまった部下にどのように対処す ればいいでしょうか? お忙しいところ大変申し訳ありませんが、なにとぞアドバイスをお願いし ます。』 そして送信。 驚いたことに、羽賀コーチから返事が返ってきたのは、私が送信してから わずか15分後だった。これにはびっくりしたな。 『有川 様 コーチの羽賀です。 メールだけでは状況がつかみにくいので、有川さんにお時間があれば、 今日のお昼休み時間に特別セッションをやりましょうか? 事態を察するに緊急を要するようなので、来週のセッションでは遅いで しょう。 OKであれば、今日の12時30分にお電話下さい。 お待ちしています。』 わあ、願ったりかなったりだ。 すぐにOKのメールを送り、昼を待つことにした。 そして昼休み。部下からの報告やたまった書類を片付けるのがいかに苦痛 で長かったことか! 待ち遠しい時間があると、それまでがとても長く感じるな。 急いで社員食堂でうどんをかきこみ、社内でも人が少なくゆっくりと話し ができる場所を探しに出かけた。昼休みだと以外にどこも人がいっぱいだな。 こまったね。 気がつくと時間は12時25分。やばい、どこで羽賀コーチに電話をかけ よう・・・。 そうだ!こんなときに役に立つのが技術の星田くんだ。 急いで星田くんに電話。 「・・・というわけで羽賀コーチと特別セッションするんだけど、社内で落 ち着いて、しかも人が近付かない場所で電話できるところ、星田くんはどこ か知らないか?」 「まあまあ有川課長、落ち着いて。今どこですか? ん、中庭ですか。それ ならば技術の第三実験室、わかりますよね。そう、工場棟の一番手前の。 そこなら鍵が開いているし、昼は誰も来ませんから使っても大丈夫ですよ。 それに中庭からいちばん近いし。 実は私も羽賀コーチから特別セッションやってもらったときに、この場所を 使っていたんです。安心して使って下さいよ。」 おぉ、星田くんは頼りになるな。同じ羽賀コーチのコーチングを受けてい る仲間だけに、私の考えていることもすぐに理解してくれたみたいだ。 おっと、時間がない。ダッシュで星田くんが教えてくれた技術の第三実験 室に潜り込み、大あわてで羽賀コーチに電話。 手元の時計は丁度12時30分を指していた。 「あ、羽賀コーチですか(はぁはぁ)、有川です(はぁはぁ)、よろしくお 願いします。(はぁはぁ)」 久々に走ったので、息が切れてしまう。運動不足だなぁ。 「有川さん、どうしたんです?そんなに息を切らして。 まあ落ち着いて下さいよ。息が整ってから話しを始めましょうか。」 「いや、遅れちゃいかんと思ってちょっと走ったモノで(はぁはぁ)」 「そんなに焦らなくてもよかったのに。でもその時間に正確で責任感の強い ところが、有川さんの強みですよね。ボクもコーチやってて頼もしく感じま すよ。」 そう言われると悪い気はしないな。確かに時間に厳しくというのは私の信 条なのだが、このようなほめられ方は初めてだ。 息が整ったところで、早速藤井くんの件を話し始めることにした。 「早速なんですが、部下の藤井くんのことなんですよ。」 さっきまで切らしていた息がようやく整ったところで、私は羽賀コーチに 話しを切り出した。 「えぇ、メールでもそう書いていましたね。藤井さんっていう方のことです ね。どんなことですか?」 「彼、先週までは決行明るい態度で仕事をしてくれて、私の課のムードメー カーでもあったんですよ。あのタイプ分けでいうと『プロモーター』って部 類に入るのかな。 ところが今日、いつものような明るさが消えているんですよね。 周りの部下にそれとなく聞いてみたんですけど、何もないって言っているん です。でも、その部下達も何かを知っているような口ぶりなんですよ。 この場合、藤井くんにどんなコミュニケーションを取ればいいのかわからな くなって・・・。 藤井くん次第で営業成績も変化しそうだし・・・とても気になって。」 これでだいたいの状況はつかんでくれただろう。 羽賀コーチからのアドバイスを期待して相談を持ちかけた私。しかしその 私に返ってきた言葉は、アドバイスではなくむしろ私をドキッとさせる言葉 だった。 「有川さん、私がいまの話しから受け取ったことをお話ししてもいいでしょ うか? 今の有川さんの言葉から聞こえたのは、藤井さんを心配する姿ではなく、藤 井さんが影響を及ぼすであろう有川さんの課を心配する姿です。」 ストレートにこの言葉を突きつけられた瞬間、私は一瞬凍り付いたような 気がした。 いや、そんなはずはない。私はちゃんと藤井くんを心配しているんだ。 そう自分自身に言い聞かせている私。裏を返すと、そうやって自分自身に 言い聞かせているということは、心の奥は羽賀コーチが指摘したとおり、心 配している本当の対象はウチの課の成績なのかもしれない・・・。 どのくらいの沈黙があっただろうか。おそらく10秒程度だと思う。 しかし、その時間が数分間にも感じられた。 「あ・・・そ、そうかもしれない。自分は何に対して心配していたんだろう か。これじゃあ上司失格だ・・・。」 「そこまで自分を責めないで下さいよ。その考え方、これは組織のリーダー として当たり前のことだと私は思いますよ。リーダーは木も森も全てを見渡 す必要がありますからね。 で、有川さんは藤井さんに対して何をしたいと考えているのですか?」 「当然、彼が調子が出ない理由を聞きたいんですよ。そしてそれを解決して あげたい。」 「それから?」 「それから・・・前のようにムードメーカーとしてウチの課を引っ張っても らいたいですね。そうすれば私もプロジェクトに集中できるし・・・ あっ、もしかして!」 ここまで話しをして、ふとひらめいてしまった。 そう、プロジェクトなんだ。 「羽賀さん、ひょっとしたら原因がわかったかもしれませんよ。そう、あの プロジェクトなんですよ。」 「え? あのプロジェクトがどのように藤井さんに関わっているんですか? 確かプロジェクトメンバーではないと記憶していますが・・・」 「そう、プロジェクトメンバーではないってところなんですよ!」 私の推測はこうだ。 例のプロジェクト、これは会社の期待を浴びているもので、会社としても 久々のプロジェクトチーム結成となっている。 このチームを結成するのにかなり悩んでいる姿を、藤井くんを始め私の課 の連中は見ているはずだ。そして、私にも会社再生の期待を抱いているのは 間違いないだろう。 そしてプロモーターの藤井くん、きっとこの手の話しには興味があったは ずだ。しかし最終的に営業部門から選んだのは、となりの営業2課の前村く ん。しかも同じプロモータータイプというおまけ付きで。 藤井くんにとってはショックだっただろう。営業で、しかも同じタイプを となりの課から選ばれたんだから。おそらく、私は藤井くんと前村くんを比 較して前村くんを選んだ、そんなとらえ方をしたのではないだろうか。 自分で言うのも何なのだが、藤井くんにとって私はいままで信頼できる上 司だった。それが今回のプロジェクトで、となりの課の前村くんを選んでし まった。そのことで、私に対しての信頼感を一気に失っている。 おそらくそれが正解だろう。 その旨を羽賀コーチに話してみた。 「なるほど、本人と直接お会いしていませんから断定はできませんが、有川 さんの話から感じた印象からみて、そうかもしれませんね。 で、それをどうやって確認しますか?」 「え、確認?」 思ってもいない質問だ。 なぜなら、これが自分の中では正解だと断定していたところだったからな。 「確認・・・って、やっぱりしなくちゃいけないですか?」 「今のはあくまでも有川さんの推測ですよね。もしかしたら別の原因がある かも。そうなったら、間違った対処法をやってしまう恐れもありますよね。 そのためにも確認は必要だと、私は感じたのですが・・・」 「確認か・・・。 他の部下はどうも口裏を合わせているようだから、これ以上つっこむとそ れこそ信頼を失うかもしれない。そうなると・・・ やはり思い切って、本人と腹を割って話しをするしかないかな。」 「じゃあそれ、いつやりましょうか?」 「仕事中は避けた方がいいでしょうね。といってもなるべく早いほうがいい でしょう。 う〜ん・・・。よし、明日の昼、例の飲茶の店にランチを誘ってみるか。」 「当然、有川さんのおごりでしょ?」 いじわるっぽく、羽賀コーチは私に聞いてきた。 「ははっ、これは当然かな。明日は小遣い補充しとかなきゃ」 うん、羽賀コーチに相談してよかった。 ほんの10分程度の会話だったけれど、そして羽賀コーチはアドバイスを してくれたわけではないけれど、自分を見つめ直して気分がすっきりした。 これが「コーチング」ってやつなんだな。 羽賀コーチとの、ほんの短い時間の昼休み特別セッション。これはとても 役に立ったな。 よし、明日のランチに藤井くんを誘う段取りでも作っておくか。 そうして終わった昼休み、そこに待ち受けていたのは予想もしない事態だっ た。悪い意味での・・・。 「だからおまえはだめなんだよ!やる気あるのか?もうちょっとましな契 約条件を聞き出してこれないのかっ!」 午後に入って耳にするのは、隣の営業二課では半ば恒例となっている菊池 課長のゲキとばし。当然対象は、誰が見てもさえない篠田さん。 しかしあそこまで強く言わなくても・・・。 篠田さん、背中を丸くしてぺこぺこ謝っているだけだよ。 そんな光景を、午後のサイレン代わりに毎日聞かされているこちらの身に もなってほしいな、ホント。 そう思いつつ、部下から提出された見積もり資料に目を通しているときに、 背後に気配を感じた。 なにっ? 振り向くとそこにたっているのは、三宅部長。そう、我が営業部の頑固部 長だ。 プロジェクト提案を三宅部長に無断で役員に提案した一件から、どうもこ の人が苦手になってしまった。ま、この人が得意だという人がいたら、お目 にかかりたいものではあるが。 その三宅部長が、音も立てずに私の背後に。 そして口から出た言葉は・・・。 「有川君、明日の昼は空いているかね? 昼食でもとりながら、折り入って話したいことがあるんだが・・・」 あちゃ、明日の昼か・・・せっかく藤井くんとランチをとりながら、彼の 思いを聞き出そうと思っていたのに。 とはいっても、部長の方も今までになく真剣なまなざし。これは受けざる を得ないよな。 「はい、特に用事は入っておりませんが。どのくらのお時間を取ればよろし いでしょうか?」 「そんなに手間はとらせないと思うが。どうかな?」 なんだかいつもと違う三宅部長の様子に、ちょっととまどいながらも了承。 明日の定時後はプロジェクトチームの会合を予定しているが、まさかそこ まで時間をとることはありえないだろう。 でも、三宅部長は前例があるからな。 半年くらい前にも、「ちょっといいかな」と昼イチで呼び出され、菊池課 長と三人でミーティングを始めたら、気がついたら夜の8時だったってこと があったからな。 まあ、あのときは三人で議論が白熱化してしまって、自分も熱が入ってし まったというのもあったんだ。 意見の空回りというか、お互いの言い分がなかなか理解してもらえず、同 じことを何度も何度も繰り返し主張し合うことが続いたな。 今回は二人だけのようだし、まさかそんな白熱することもないだろう。 この考えがとても甘かったことに、後から気づかされるんだが・・・ とりあえず藤井くんの件はあさって以降に回すことにして、今日はたまっ ている営業書類のチェックと、夕方からのメーカー訪問にむけて全力を注ぐ ことにした。 ★ そうして迎えた翌日の昼休み。 「どうだ、そばでも一緒にどうかな?」 三宅部長から誘われたのは、営業部がお客様を連れて昼食をとるのに恒例 のソバ屋。あそこは奥の座敷だったらゆっくりと話ができるんだけれど、手 前のフロアは昼は客が多くて、ゆっくりとできないんだよな。 とはいっても、せっかくの誘い。断るわけにも行かず、 「はい、ご一緒させていただきます。」 案の定、手前のフロアはほぼ満員。座るところがないじゃないか。 しかし三宅部長、お店の人と一言二言会話をしたら、奥の方に進んで行く じゃないか。 え、まさか私と昼食をとるだけのために、奥の座敷を予約したのか? 進められるままに私は奥の座敷へ向かう。なんかおかしいぞ・・・。 社員同士の昼食でこんなことはありえないはず。 そして座敷のふすまを開けた瞬間、わたしはすべてを悟った。 そこに用意されている席は3つ。 ひとつは三宅部長、もう一つは私。そして残る一つは・・・。 すでにそこに座っているのは、かつては熱血といわれ、今では逆に冷酷と もいえるこの人、竹下常務であった。 その瞬間、背中に悪寒が走ったのはこれから起こることの前触れだったの かもしれない。 「まあ、有川くん。こちらに座りたまえ。」 「は・・・はあ。」 竹下常務に誘われるがままに、常務の正面に身をおろす。 そしてわたしの横には三宅部長。 どうも仕組まれた気がしてならないな。 「まずは注文でもとろうか。このおすすめそば定食でいいかな。今日はわた しのおごりだ。気にしなくてもいいぞ。」 「あ、ありがとうございます。」 気にするなといっても、常務がおごってくれた方が気になるよ。これなら 高くても自分で払った方が気が楽だ。 「そんなに緊張するなよ。今日は常務がどうしても例の件で話をしたいと言 うので、このような席を用意したというわけだ。」 三宅部長、どうせならもっとストレートに誘ってくれよ。それなりの心の 準備ってものがあるだろうが。 心の中ではそうぶつくさ言いながらも、顔は営業スマイル。 自分の中で「役者になったよな」とつぶやいてしまった。 「ああ、三宅くんには手間をかけたな。今日話したいこと、これは三宅くん にも関係することなんだ。」 「一体どんな話なんですか?」 わたしは竹下常務の顔をのぞき込んだ。どうもまだ裏があるようで、気が 気じゃないんだ。 「もうわかっているとは思うが、例の会社再建のプロジェクト。この話だ。 知っての通り、わたしはかつて同じようなプロジェクトをかかえ、そして 会社に大きな損害を与えた。この一件以来、わたし自身の信頼を回復するの に時間がかかったのは言うまでもない。 しかし、もっと大変だったのは、あのときのプロジェクトに全面的な信頼 をよせてくれて『ゴーサイン』をだしてくれた、矢木沢社長なんだよ。 あのトラブルを裏でバックアップして、主要メーカーへの信頼を失わずに いられたのも、矢木沢社長があのときに精力的に動いてくれたからだ。 実はあのときの無理がたたって、しばらく体調を崩されていたんだよ。」 噂は聞いていた。社長が一時期とてつもなく激しく動いていたのは、あの 時期にいた社員なら誰もが知っている。おかげで、稟議書が山のようにたまっ ていたけれど、それもしっかりと処理をしてくれていた。とても責任感の強 い方だと、わたしは思っていた。 このことを当時の関係者である竹下常務から直接聞くことになるとは…。 しばらくの沈黙。 それを破るように、そば定食が運ばれてきた。 「ま、まずは食事をとろう。まだ君に伝えたいことはたくさんあるんだ。」 竹下常務の、半分脅しともとれるこの言葉。 昼がそばでなければ、とてものどを通らなかったかもしれないな。 食事をしながら、わたしは竹下常務にいくつかの質問をしてみた。 「失礼を承知でお尋ねします。常務はあの一件以来『プロジェクト』という ものを毛嫌いされているように見えますが・・・」 「あぁ、確かにそうだ。それはこれ以上社長に心配をかけたくないからだ。 とにかく社長が元気でいられれば、この会社はなんとかなるんだよ。 だから、大きなことはやりたくないし、やらせたくないんだ。」 やはりあの一件は、竹下常務の心の中によほどの傷を残したと思える。 「でも、ふつうならもう一度やってやろうって気になりませんか?」 質問した後に、しまった!と思った。つい口に出てしまったのだ。 となりで三宅部長がにらんでいる。こんな失礼な質問をして!という目だ。 竹下常務も一瞬むっとした顔をしたが、ここは何かを伝えなければと思っ たのだろう。こんな言葉を返してきた。 「そうだな。わたしが君くらいだったらそうするかもな。 まだ若ければ、怖いもの知らずで何にでもチャレンジできるだろう。 若さは行動力の秘訣だな。うらやましいよ。」 質問の答えにはなっていないが、なんとなく言いたいことが伝わってきた。 しかし、それは「だから君はがんばれ」という励ましなのか、それとも「だ からこそ、気を引き締めろ」という警告なのか。 しかし、まだ竹下常務がわたしを昼食に誘った本当の理由がわからない。 一体何をわたしに伝えたいのだろう? 食事も終え、一服したところでおもむろに切り出したのは、竹下常務では なく三宅部長だった。 「常務、今回のプロジェクトの件のあの話、そろそろ有川くんに話してもい い頃ではないでしょうか。」 「あぁ、そうだな。おなかも落ち着いたことだし、そろそろ本題に移ること にするか。 え、一体「あの話」とは何だ? 「ではそろそろ本題に移るとしよう。 有川くん、今回のプロジェクトは、社の期待がかかっていることはもう承 知しているだろう。」 「はぁ・・・それはしっかりと認識しておりますが・・・」 「今回の売り上げ倍増計画、我が社としては久々のプロジェクトということ もあり、しかも私が昔失敗してからは初のものとなる。そのため筆頭株主で ある K銀行がかなり興味を持ってね。 いや、興味なんてものじゃない。『今回失敗したら、株主としても黙って いるわけにはいかない。融資の件や時期経営陣について、こちらももっと 参入させてもらうことになる』と、ある意味脅しのようなことを伝えてきた。 そうなると、まず先に責任をとらされるのは社長だろう。」 竹下常務の真剣な目つきからみて、これは私への脅しでも何でもなく、間 違いない事実だと言うことが伝わってきた。 おい、私はそんな状況をつくってしまった張本人なのか? あのときに「プロジェクト制の復活」を口に出してしまったことは、これ ほどこの会社を追い込んでしまうことになったのか? 額からじわりと脂汗・・・。 「そんなに緊張しなくても、何も有川くんが招いた状況でもないんだぞ。」 そう口を開いてくれたのは、誰あろう三宅部長だった。 正直、こんなフォローの手を入れてくれるのは意外だった。 「三宅くんの言うとおりだ。なにも君が言い出したからこうなったわけでは ない。前々から株主であるK銀行からはプレッシャーをかけられていたのは 事実 だ。今回たまたま『プロジェクト制』というたたき口が見つかったので、こ れ幸いと言い出してきたに過ぎない。 これは社長も、役員も、そして部長の三宅くんも知っていたことだ。」 え、どうして営業の三宅部長がこんな経営につっこんだところまで知って いるんだ? 疑問を持ちながらも、今回のプロジェクトの重大さが身にしみてきた。 監視の目は社内だけでなく社外からも向けられているのかよ。社長の進退 問題まで絡んでくるとは。これはどうしても成功せざるを得ないな・・・。 この後、場所を社内に移して再度常務と部長、そして私の3人での打合せ となった。 打合せといいながらも、内容は会社の状況説明、今回のプロジェクトの重 大さ、社長をどうやって守るか、これをさんざん聞かされたに過ぎない。 それなのに延々と夜7時過ぎまで会議室に拘束だよ。 これだけ重要なプロジェクトなら、すぐに行動に移させて欲しいな。 そう思いながら、今日開催予定だったプロジェクトチーム打合せをキャン セルせざるを得ない状況が恨めしかった。 この会社の首脳陣は、一体何が重要なのか、本当にわかっているんだろう か? 結局、今週は竹下常務や三宅部長からの声が頭の中で響き続き、なにをど う手をつければいいのかパニック。 おかげで、部下の藤井くんとの件に手をつけるだけの、心の余裕がなくなっ てしまった。 では、プロジェクトに専念できたのかと言えば、これに取りかかると今度 は藤井くんの件が頭の中でぐるぐる回りはじめる。おかげでプロジェクトチ ームの打合せでも、半分が上の空。 いったは私はどうすればいいんだよ・・・。 気がつくともう月曜日。 羽賀コーチとのコーチングセッションの時間が迫っていた。 なんだかコーチングを受ける気がしないな・・・今日はキャンセルしよう か。 しかし、こんな時こそコーチの力を借りるべきか。 何かいいアイデアがでるかもしれない。会社が私のプロジェクトにかけて いるのであれば、私は羽賀コーチにかけるしかないのだ。 そんな気持ちで、電話機のボタンをプッシュし始めた。 「おはようございます。コーチの羽賀です。お待ちしていましたよ。」 「あ、おはようございます。有川です・・・。」 「おや?ちょっと元気がありませんね。いつもの有川さんらしくない。」 「やっぱりわかりますか。どうも先週はいろいろありすぎて・・・頭がパニッ クしているんですよ。」 「おや、例の藤井さんとの件ですか?」 「いや、それもあるんですけどね。実は・・・」 このくらいなら、会社の機密にはかかわらないだろう。それにコーチは守 秘義務があるっていうし。 そう考え、思い切って先週あったことをすべて話してみた。羽賀コーチの 誘導がうまいのか「こんな事まで」というものや、「自分はこんなことまで 考えていたのか」といったものまですべて話し尽くしたような気がした。 この間約15分。羽賀コーチは私の話をちゃんと聞いてくれたという安心 感もあって、これだけでとても気分がすっきりしたな。 一通り話し終わってから、羽賀コーチの口から出たのはこんな言葉だった。 「なるほど、有川さんの立場や考え方、そして今のつらさが手に取るように わかりました。ここまで話して頂いてありがとうございます。 ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」 「あ、はい。どうぞ。」」 「今回の件で、有川さんの心の中にある『完了していないもの』っていった い何なのでしょうか?」 「完了していないもの・・・?」 「そう。逆を言えば、これが終わってしまうとすっきりできるもの。」 「すっきりできるものねぇ・・・そうだなぁ・・・。」 この質問が、このあとの突破口になっていくなんて、このときは思いもし なかった。 「自分の中で完了していないもの…」 羽賀コーチからの質問に、私はしばらく頭をひねらせた。 しばしの沈黙。時間にするとおそらく30秒くらいだろう。しかし私の頭 の中は恐ろしいほどの勢いで過去と現在をぐるぐる回っていた。おそらくこ こ十数年の記憶が思いめぐらされていただろう。 その間、羽賀コーチは一言も発することもなく、じっと私が発言するのを 待っていたようだ。 しびれを切らしたかのように言葉を発したのは、私の方だった。 「そうだな…、やはり一番の未完了といえば藤井くんのことでしょう。 先週羽賀コーチから特別セッションをやってもらい、ランチをとりながら 藤井くんの気持ちを聞き出すと言いながらも、まだ実行に移せていない。 これをやっつけないと、プロジェクトの件も前には進めないだろうな。」 「なるほど。藤井さんの件ですね。有川さん、他に思いつくことは?」 「他に…。そうそう、部長の件ですよ。常務との話の中でなぜか三宅部長が 経営陣しか知り得ないような事まで知っていた。 これは未完了と言うよりは、気になってしょうがないものですね。」 ひょっとして、プロジェクトに関係することなのか…?」 「部長さんのことですか。有川さんの中ではこれも前に進めない要因のひと つなのですね。」 「そうですね。強いて言えばってとこでしょうが、これがすっきりしないと 部長とまともに顔を合わせられないかも。」 「藤井さんと部長さんの件の二つ出ましたね。他にありますか?」 「う〜ん。プロジェクトの件は未完了と言うよりは今からの取り組みだし。 大きくはこの二つですね。」 果たしてこんな事を聞き出して何になるのだろう? 羽賀コーチが何かアドバイスでもしてくれるのか?コーチングはコミュニ ケーションのプロだから、秘策でも授けてくれるんだろうか? そう思っていたところに、羽賀コーチから出た言葉はこんなことだった。 「じゃあ、その二つをやっつけてしまいましょうよ。」 「え、やっつける?」 「そう、やっつける。」 「ど、どうやって?」 「藤井さんの件はどうですか? 何を行動すればやっつけられそうですか?」 「藤井くんの件ねぇ… そりゃ、ランチに誘えばいいんだよな、うん。」 「ランチに誘うために障害となる事って何ですか?」 「障害…障害ねぇ。そういわれるとこれといってないような気はしますね。」 「ではいつランチに誘いますか?」 「今日はいきなり誘っても、都合があるかも知れないし…」 「有川さんが部長から、今日突然ランチに誘われたら、どうします?」 「まぁ、よほどの仕事が入っていない限りはお供するだろうな。 「では、藤井さんはどう思うんでしょうね。」 「そうだな…やっぱこういうのは思い立ったが吉日。うん、今日誘うだけ誘っ てみますよ。ダメだったら、『明日はどうだい?』って聞けばいいんですか らね。」 一週間前から考えていた行動。いままでどうしてこんな簡単なことに手を つけなかったのか、そちらの方が不思議でならない。 ほんのちょっと、コーチから視点を変えてもらうだけで気持ちが軽くなる ものなんだな。 「もう一つの部長の件。これ、もう少し具体的に聞かせてくれませんか?」 ちょっとだけ余韻に浸っている自分を戻してくれたのは、羽賀コーチのこ の一言だった。 「もう少し具体的に、というと…」 「部長さんが一部しか知り得なかった情報を知っていた、ということについ て何が気になっているのですか?」 「あぁ、そういうことか。 だっておかしいでしょう。株主との話なんて、通常は外には漏らさないも のですよ。それを竹下常務と口裏を合わせたようにしているなんて。 部長と常務がそれほど仲がいいなんて話、今まで聞いたこともなかったし。 どう考えても、裏がありますよ。 しかもこれがプロジェクトに関係しているわけでしょ。 気にならないわけがないでしょう。」 「なるほど。では有川さんは何が知りたいのですか?」 「うん、そうだなぁ。 どうして三宅部長が、経営陣しか知り得なかった情報を知っていたか。 いや、それよりも三宅部長と竹下常務の関係かも。」 「それを知ると、どんなことがあるんでしょうね。」 「そりゃぁ、今気になっているもやもやがはれて、すっきりとプロジェクト に打ち込めるかな。 でも、下手なことを知ってしまうと、逆に打ち込めなくなるかも…」 下手するとやぶへびものかもしれないな。そんな事が頭をよぎった。 「いや、やはり知っておきたいですね。 プロジェクトに打ち込むのであれば、それなりの背景はしっかりとつかん でおかないと。これはリーダーとしての役目にもなるでしょう。」 「なるほど、わかりました。 では、誰に聞けばこのことを知ることができるんでしょうね。」 「誰に…そりゃ、当の部長が一番いいでしょうね。 他には竹下常務しかいないし…」 「どちらの方が聞きやすいですか?」 「もちろん、部長だな。それに常務なんておいそれと近づける存在でもない ですからね。」 「じゃあ、いつ聞きに行きますか?」 「藤井くんの件を先に片づけて、それからでしょう。」 「どんな方法で?」 「そうだな…やはりうち解けるには食事か呑みに誘うのがいいでしょうね。 でもランチだとあわただしいし、やはり誘うなら夜でしょうね。」 呑みに誘う、か。今はプロジェクトが終わるまで禁酒しているんだよな。 そのことを羽賀コーチに伝えると、こんな質問が帰ってきた。 「じゃあ、有川さんがお酒を飲まなくて、相手がお酒を飲んでもおかしくな い場所。どこか思いつきませんか?」 さっきまでは居酒屋か小料理屋で部長と対談している姿を思い浮かべてい たが、この質問である場所がピンっとひらめいた。 「あ、あそこ。あの飲茶の店だ! このあいだプロジェクトチームで結成式をあの場所でやったときには、私 は一滴も呑まずにいられたな。それにあそこなら落ち着いて話もできそうだ し。 よし、あの飲茶店に誘ってみるか!」 「じゃあ、いつ?」 「そうですね。これも善は急げ。今日、まず部長に都合を聞いてみましょう。」 あっという間に、解決に向かっての行動が決定。 これがコーチングの魅力なんだな。そう感じずにはいられなかった。 ★ 月曜日、午前中は定例会議に出席なのでいつもより早く出社。 そしてフロアにつくと、いつものように藤井くんが一番乗り。しかし先週 よりあの元気で人なつっこい声は聞くことができない。 今日も私から「おはよう!」と元気に声をかけても 「あ、はい。課長おはようございます」 と今ひとつはっきりしない返事。う〜ん、やはり原因はプロジェクトチーム からはずれていることなのか…。 とにかく、これをはっきりさせないと私も落ち着いて仕事に取りかかれな いからな。 早速行動だ。 「藤井くん、ちょっといいかな?」 「はぁ、なんでしょうか?」 「今日の予定、どうなっている?昼はどうしているかな?」 「そうですね、午後から市川電機に伺う予定にしていますが、それも3時の アポイントなので…」 「そうか。じゃあ今日は昼飯、一緒にどうだい?」 「えっ、有川課長とお昼ですか…」 ちょっと考え込む藤井くん。しかし何か考えついたのかパッと顔を上げて 「わかりました。お昼ご一緒させて頂きます。」 「よし、それじゃ豪勢に駅前のさくら寿司に行くか!」 思わず笑い出す藤井くん。 寿司といえば豪勢でリッチに聞こえるが、実はこのあたりでは大衆食堂並 みの価格でお腹いっぱいになれるという回転寿司屋。 私の「豪勢に」という言葉とのギャップを想像して、思わず笑い出したの だろう。 その笑いが私を救ってくれたかも知れない。 その後の定例会議では、プロジェクトの進行状況を報告しなければならな いのだが、藤井くんと部長・常務の件でそれどころじゃなかったからな。思っ たほど進んでいないという報告も、私自身が落ち込むことなくさらっと報告 することができた。 その私の態度があまりにも自信ありげだったせいか、役員からもつっこま れることがなかったのだ。 そして待ちに待った昼休み。 早速藤井くんを連れて、駅前のさくら寿司へ。 「へぃ、っらっしゃい!」 威勢だけはいい店員。安いが取り得の店で味は二の次。しかし低予算でた らふく食べられるとあって、若い独身男性客が多いのが特徴だ。 昼時というのに、ボックス席には空席が目立つ。 「へぃ、お二人さんご案内!」 と店員からボックス席を勧められたが、それを丁寧に断りあえてカウンタ ー席に並んで座ることに。 実はこれ、羽賀コーチからのアドバイスその1なのだ。 今朝のコーチングで、羽賀コーチからこのようなアドバイスをもらった。 「藤井さんや部長さんと食事を取りながら話をするときに、ちょっとしたコ ツがありますので、それをお伝えしておきますね。 まず、できればカウンターのあるところに並んで座ってみて下さい。」 「え、羽賀コーチ、なぜカウンターで並んで?テーブル席で顔を見合わせた 方がいいと思うのですが?」 「二人の間にテーブルのような障害物があると、心理的な距離がちょっと遠 くなるんですよ。 これが横に並ぶことで二人の間には障害物がないため、心理的な距離も近 づくし、同じ方向を向くことができるので会話の方向性も同じとこへ向かう こと もできるんです。」 う〜ん、なるほど。とにかく試してみるか。 藤井くんと同じ方向を向いて、まずは腹ごしらえ。 「腹がへったろ。まずは少しつまもうか。」 マグロとイカ、二皿ほどたいらげて藤井くんにこう切り出した。 「ところで藤井くん、ちょっと気になることがあるので話してもいいかな?」 この切り出し方、これも羽賀コーチのアドバイスその2。 「有川さんが話をしたい方向に持っていこうと思ったら、まず話し始めるこ とについて断りを入れてみて下さい。 例えば『私の考えていることを話してもいいかな?』というように。 これを言うことで、相手は聞く耳をもってくれますからね。 まず断られることはないでしょう。」 なるほど。そういわれればそうだな。これも使ってみよう。 「有川課長、その前に私の話を聞いてくれますか?」 藤井くんから予想外の言葉が返ってきて、私は一瞬たじろいでしまった。 羽賀コーチ、こんなのシナリオにはなかったよ…。 「あ、ああ。なんだい。何でも話してくれ。」 しかし願ってもないチャンスかも知れないな。藤井くんから話があるとい うことは、こちらが聞き出す必要もないということだし。 とにかく話を聞くことにしよう。 「課長、ここ数日の私の態度については、すでにお気づきでしょう。 先週、宮永さんや他のメンバーに『藤井に何があったのか?』って聞いて 回っていたようですし。」 「あ、ああ。そうだな。」 私の気持ちを見透かされたようで、ちょっとドキッとさせられた。 しかし藤井くんはそんな私にお構いなしに話を続けた。 「確かに、ある思いが頭を駆けめぐって、どうしてもやる気が出なかったん ですよ。それは…」 その後に続く言葉、私の予想通りなのか、それとも別のものなのか。 一瞬にしてのどが渇き、手元にあったお茶を一気に飲み干してしまった。 藤井くんからの言葉を待つ間、それはほんの2〜3秒だったのだろうが、 私にはとてつもなく長く感じられた。 「今回、有川課長に昼食を誘っていただいて、私は少し迷っていました。 私にとって課長はあこがれなんです。 このあたりでは優良企業といわれ、大手でもある矢木沢産業で最年少課長 になった人。 かといって、エリートにありがちなお高くとまるようなこともなく、わた したちに等身大で接してくれる。 有川課長はとても親近感のわく人なんです。 それだけに、私は課長と一緒に仕事がしたかった…」 あ、やはりそうか。プロジェクトメンバーからはずれたことが原因なのか。 しかし私はここでそのことを言わずに、ただこう言葉を発しただけだった。 「そうか、私と一緒に仕事をしたかったのか。」 これも羽賀コーチからのアドバイスその2なのだ。 「もう一つ、話を聞くときのポイントがあります。 相手の話した言葉の終わりを繰り返して下さい。いわゆるオウム返しです。 『とてもつらかったんですよ』って言われたら『つらかったんだね』って 感じで。 そしてそれ以外のことをなるべく話さない、質問しない。 そこから相手が次に話すことをとにかく聞いてあげて下さい。 相手は話をしたいときは、言葉を投げかけなくてもどんどん話をしてくれ ます。このオウム返しは、それを促すことができますから。 そのうち、本当に思っていることが自然に出てきますよ。」 よし、オウム返しだな。これも注意してみよう。 このオウム返しが効いたのか、藤井くんは話を続けてくれた。 「はい、だからこそプロジェクトメンバーになることも、自分の目標だった んです。 営業から前村さんを選ばれたのは間違いじゃないと思っていますよ。 前村さんは私よりもできる人だし、逆に前村さんを選んだということで有 川課長の判断は冷静で間違いないというように感じています。 でも、やはりショックでした。 あ、勘違いしないで下さい。 課長が私を選ばなかったのがショックというわけではなく、私の能力がそ こまで及んでいなかったのがショックなんです。」 え、これはちょっと意外だった。 てっきり私が藤井くんを選ばなかったことが原因と思ったのだが。 いや、ひょっとして私に気を遣っているんじゃないのか? その部分を聞きたい衝動に駆られたが、ここはそれをぐっと我慢してこう 言葉を発してみた。 「そうだったのか。話してくれてありがとう。」 「いえ、私こそありがとうございます。 実はこの話、プロジェクトメンバーが決まったすぐ後に宮永さんにぼそっ と グチをもらしたんですよ。 そしたらその夜、営業一課のメンバーで慰めてくれる会を開いてくれまし てね。 慰めるなんていっても、それをネタに飲み会をしたかっただけみたいです けど。それでもうれしかったですよ。 でも、そこで出てきた言葉の中に『課長は部下を見る目がない』とか『本 当に私たちのことを見てくれているのか』なんてのもあったので。 みんな本気じゃないとは思っていますよ。 だって、当の本人である私がそうは思っていないんですから。 ただ、その言葉を聞いてから『自分が原因で、営業一課のみんなが課長を 見る目が変わったんじゃないか』って不安なんですよ。 それでつい課長に対してよそよそしい態度をしてしまって。 だいたい、みんなが見ているのは課長を通り越した部長の姿じゃないかと 思っているんです。」 あ、それはわかる気がする。 三宅部長の強引なやり方には、営業一課の全員が不満を持っているからな。 私もどうにかしたいとは思っているのだが、相手は上司。どう接していい かわからないまま今に至っているので、一部ではその姿がもどかしくみえて いる のだろう。 「部長か…」 ぼそっと漏らした私の言葉を聞いて、藤井くんはこう切り出した 「あ、部長といえば、こんな噂があるのご存じですか? どうも次の株主総会で役員抜擢があるとか。」 あ、そうか。 役員への昇格は役員会で決められること。そしてその意向は決まり次第、 当然本人にはそれとなく伝えられるだろう。 そうなれば、ある程度経営側の情報もリークされるはずだ。 これで頭の中で絡まった糸がほどけてきたぞ。 そうなると、プロジェクト成功が役員昇格の条件なのかもしれないな。 パッと変わった私の顔を見て、藤井くんは不思議そうな顔をしていた。 「課長、何かあったんですか? 部長の話って、何か重要なことだったんですか?」 「藤井くん、貴重な情報をありがとう。 そして、自分のことをここまで話をしてくれてありがとう。」 「いえ、やっぱり有川課長は私のあこがれですよ。 こんなにゆっくりと話を聞いてくれる上司って、そうそういないですから ね。 また今度、ゆっくりと時間をとって私の話を聞いてくれますか?」 「あぁ、もちろん。プロジェクトの方も直接のメンバーではないけれど、い ろいろと手伝ってもらうこともでてくるだろうから、そのときはよろしく頼 むよ。」 「はい、まかせておいて下さい!」 この後調子に乗って二人で30皿も回転寿司をたいらげてしまった。 おかげで午後の動きが鈍ったのは、ちょっと反省。ゲプッ。 しかし藤井くんと目が合うと、思わず二人でほほえんでしまうのはちょっ とうれしかったな。 藤井くんの一件はとりあえず片づいた。 私が藤井くんをプロジェクトチームに選ばなかったのが、藤井くんの態度 を変えてしまった原因なのは当たりだった。 が、藤井くんの態度がよそよそしかったのは、私に対してそのわだかまり があったのではなく、営業一課の連中が藤井くんを励まそうとして私のこと を非難しているのを聞いて、その責任を感じているのだということがわかっ た。 これについては、後から藤井くんからそれとなくみんなに話をすることで 決着しそうだ。 ランチに誘った後、いつもの元気を取り戻した藤井くんの態度が、事態の 収束を物語っている。 ちなみに、これはしばらく経ってから藤井くんから聞いたこと。 「有川課長、あのときにさくら寿司で私の話をゆっくりと聞いてくれたでしょ。 あれはうれしかったですよ。 そもそもあの状態に陥っちゃったのは、自分が一課の連中に愚痴っちゃっ たのが始まりですけど、あのときのみんなの言葉って、なんだか自分勝手に いろんな事ばかりだったんですよね。 だから、そのことばにすっかり毒されちゃったようです。 どうせ話すなら、課長のようにどっしりと構えて聞いてくれた方が、落ち 着くし問題も解決するんですね。」 なるほど、あのときに羽賀コーチがアドバイスしてくれた『アドバイスし ない』というのは、こんな効果があったんだ。 さて、部下に対しての問題は何とか落ち着いた。 次は上司、三宅部長の方だな。 あのときに藤井くんから聞いた有力な情報、三宅部長の役員昇進。そして その条件としてプロジェクトの成功。 これは間違いないとは思うが、やはり部長の口から真相を聞き出さないと 落ち着かないな。 それに、部長の進退問題にプロジェクトが関わっているとなると、私も行 動を見つめ直さないと。 よし、意を決して当初の計画通り今日部長に話しかけてみるか。 部長席に目を移すと、なにやら資料とにらめっこしながら時折考え込んで いる三宅部長の姿を見ることができた。 たぶん今なら話を聞いてくれそうだな。 「部長、三宅部長。ちょっとお話ししたいことがあるんですけれど…」 「ん、有川くんどうした?」 ここで羽賀コーチの言葉が頭をかすめた。 「もう一つアドバイスです。 上司に話をしたいときにもコーチングって使えるんですよ。 詳しくは別の機会にお話ししますが、今回は手短にちょっとした技術だけ をお伝えしますね。 まず、話しかけた後目線を相手の高さに合わせて下さい。 部長さんが席に座っているのなら、近くにあるイスを引っ張り出して同じ 高さに座る。 逆に有川さんが座っているときに部長さんに話しかけられたら、座っても らうかミーティングスペースに誘って、目線を同じ高さにして下さい。 これだけで、威圧感から逃れることもできますし、部長さんも落ち着いて 話をすることができますよ。 そして何より、お互いに親近感が湧いてきます。」 そうか、目線の高さをそろえる、だったな。 残念ながら部長席の近くには空いているイスが見あたらなかったので、こ う切り出してみた。 「できればお茶でも飲みながらお話ししたいのですが。 例のプロジェクトの件で…」 例の噂が本当ならば、こう切り出せば間違いなくのってくるはずだ。逆に のってこなければ噂は間違いだということにもなる。 さて、どっちなんだ…? 「よし、わかった。じゃああちらの席に移動するか。」 部長はミーティングスペースの方を指さして、手元の資料もそこそこに腰 を上げ始めた。 私の目から見て、ちょっとあわてているような感じも受けるな。どうやら 噂は本当のようだ。 宮永さんにお茶を二つ用意してもらい、我々はミーティングスペースへ。 確か羽賀コーチからのアドバイスにあった「同じ方向を向いて座る」をやっ てみよう。 部長が座ったのを見計らい、私は遠すぎず近すぎずの距離を保ちつつさり げなく部長のとなりに位置することができた。 さぁて、ここからが本番だぞ。 「さて、どんな話なんだ。聞かせてくれ。」 うわっ、相変わらず高圧的な態度だな。 ま、これはいつものことだが。さて、どう話をもっていこうか… 「実は部長からアドバイスをもらいたくて。 経験豊富な部長なら、何かいい考えをお持ちでないかと思いまして。」 実は相談することなんか用意していないんだよな。とにかく部長の気を引 こうと思い、このような出まかせを打ち出してみた。 そうすると、思わぬ食い付きが。 「お、アドバイスか。何だ、何でも相談してくれ。」 どうも上司という存在は、アドバイスというのが好きなようだ。 「えぇ、そのことでできればゆっくりと話をしたいので、できたら今日か明 日の夜、久しぶりにこれをどうかと。」 私はおちょこをもつ手振りで、くいっと手首を内側へ。もちろん「飲みに 行きませんか」のサインだ。 「おぉ、そうか。そんな話なら大歓迎だ。明日は約束があるので今日ならい いぞ。場所はまかせる。楽しみにしているからな。」 なんだかトントン拍子に事が進みすぎておそろしいな。 とにかく第一段階突破! 次は夜の部のお楽しみだな。 「三宅部長、こっち、こちらです!」 昼間の約束通り、三宅部長は私からの誘いにのってくれた。 部長を連れてきたのは、あの飲茶の店。この店を見た部長の反応は予想通 りだった。 「へぇ〜・・・。有川くん、こんな店が近くにあったとはね。 これは盲点だったな。落ち着いた雰囲気で、なかなかいい感じのお店じゃ ないか。」 これに似た感想は、前にプロジェクトチームのメンバーを連れてきたとき にもみんなから聞いたからな。 「部長、まずは食事でもしましょうよ。 話しはそこでゆっくりと。」 「あぁ、そうだな。どんなものが食べられるのか、それも楽しみだな。」 「ここはお店のお任せコースでいきましょう。 その方が驚きと喜びが倍増しますからね。」 残念ながらこの店にはカウンターというのがないので、テーブルに対面し て座ることにした。 それでも部長との距離感を少しでも縮めるために、テーブルの上の障害物 はなるべく排除し、「聞くぞ!」という意思表示の小道具として手帳を取り 出し、開いてメモをとる準備をしてみた。 夜のおまかせ飲茶セットというのを頼んで、部長は中国製のビール、私は うまく言い訳をしてお茶をいただくことにした。 まずは乾杯。そしてすぐに私から話しを切り出した。 「部長、例のプロジェクトの件でご意見を伺いたいと思いまして。」 「おぉ、どんなことだ。私にできることなら何でも言ってくれ。」 部長はにこにこしながら私に語りかけてきた。 ここで羽賀コーチのある言葉を思い出した。 「人って、話しを聞くのは苦手なんですよ。 どちらかというと話しをしたがる方ですからね。 口べたなんていう人もいますが、そんな人も『自慢話』や『アドバイス』 なんてのは実は好きなことが多いです。 特に立場が上になればなるほど、その意識が強い傾向があるようです。 そこをうまくつけば、会話は盛り上がりますよ」 なるほど、今の部長がその状態だ。 昼間に思いつきで「アドバイスが欲しい」と部長に伝えてみた。 あの一言が部長の機嫌をこんなにも変えてしまうとは・・・。 「で、有川くん。どんな事を聞きたいんだ?」 「あ、はい。実は恥ずかしい話しなのですが、まだプロジェクトの方向性が 定まらなくて。 常務からは5週間、もう一週間経っているのでのこり4週間と言われてい ます。チームは優秀な人材がそろっているのですが、どうまとめていいもの かちょっと悩んでいるんです。」 実はこの相談の部分、半分は口からでまかせ。 しかし残りの半分は本音の部分。 部長に相談したところで、今の営業部の状況を見れば適切なアドバイスが 聞けるとは思えない。 ここでの目的は、アドバイスをもらうことではなく例の噂「部長が役員に 昇進」をうまく聞き出すこと。そして自分のプロジェクトをやりやすくする ために、部長との関係をもっと深くしておくこと。 さて、ここからどうやって例の話しへつなげようか…。 「そうか、メンバーをどうやってまとめるか、だな。 そうだなぁ…私が地方の営業所で課長をやっていた頃の話しだが…」 あ、始まった。この話しは過去に何回も聞かされたものだ。 しかし、今回は部長の話をしっかりと「聞く」というところに意識してみ た。 話しの要所要所でしっかりとうなずきを入れ、ときおり質問を織り交ぜ、 まれにオーバーなリアクションも。 そのせいか、部長の話はとどまることを知らなかった。 食事とお酒を進めながら、部長の話しを聞いていくウチに、思わぬ情報が 部長の口からでてきた。 「そうなんだよなぁ。人を使うってホント難しいよ。 これが会社全体を見る立場になるとなおさら・・・」 きたっ!この一言が突破口だ。 私はすかさずこう切り出した。 「へぇ、部長。昇進のご予定がおありなんですか?」 それに対して、部長は半分照れ笑いしながらこう発言してきた。 「え、いやぁ・・・どうしようかな。 まだナイショにしとけよ。ここだけの話しだ。 実は次の株主総会で、役員昇進の話しをもらったんだよ。」 やはり! うわさどおりだ。部長の話はまだ続く。 「ただな、条件付きなんだ。株主であるK銀行がプロジェクトの件に絡んで いるのは、先週君にも話したよな。 実はプロジェクトに関係なく、とにかく今の状況を営業担当としてどうに か突破させるというのが昇進の条件なんだよ。 それだけに、事を慎重に進めようと思っていたんだが… 社長が有川くんのプロジェクトを大いに気に入ったようでね。本当は私と してはちょっと憤慨しているところなんだぞ。」 最後はちょっとお目玉をもらったが、大まかなところは仮説通りだ。 それで竹下常務とつるんでいたんだな。 その先は再び、アドバイスとは言えない昔話を延々と聞かされた。 しかし、大きな収穫が二つ。 一つは三宅部長の昇進の話し。 そしてもう一つは、部長との距離が一気に縮まったこと。 それを感じたのは、別れ際の部長のこの一言だった。 「有川くん、今日は私の話を聞いてくれてありがとう。 なんだか君に対してのわだかまりというのが一気になくなった感じだよ。 私が役員になっても、たまにはこうやって一緒に飲もうじゃないか。」 ただ話しを聞くというのが、これほどの効果になるとは… 「ったく、なにやってんだよおまえは。 あそこまでうまくいっていたSK産業との契約が、どうして土壇場でライ バルにひっくり返されるんだ。 もう一度、前村を連れて行ってこい! あいつならなんとか取り繕ってくれるはずだ。 おまえのようなヤツがこの会社で使ってもらえるだけでもありがたいと思 えよ。」 三宅部長との話が明けた翌日。 相も変わらず営業二課の菊池部長がゲキをとばしている。 その矛先は、どう見えても営業向きではない篠田係長。 思うんだけど、篠田さんは人と向き合うよりも数字と向き合っている方が 性に合っているんだよな。 事実、数字からの分析力で相手企業の経営状態を読むのはずば抜けている みたいだし。 だからこそ、菊池課長も手放さないんだけど…。 でも、菊池課長もあそこまで言わなくてもね。 この光景を見て、我が営業一課を改めてみてみると自分は幸せだよな。 藤井くんとちょっとした問題があったけれど、それも解決。 あの後、藤井くんが課の全員に何か言ってくれたらしく、他のメンバーが 私を見る目も、前にも増して信頼を寄せてくれるのがわかるよ。 また、今朝三宅部長と会ったときも、めずらしく部長の方から軽やかに片 手をあげて 「よっ、おはようさん!」 なんて言葉をかけてくれたからな。 会社全体がウチの課のような雰囲気になってくれたら、もっと売り上げも 上がって前向きに仕事に取り組めるんだろうが…。 まだまだこのあたりは課題だろうな。 さて、いよいよ本腰を入れてプロジェクトに取り組まなければ。 なにしろチームからの提案提出期限は、もう4週間を切っているからな。 先週は藤井くんや三宅部長の件で、頭がそれどころじゃなかったし。気合 いを入れて仕切り直しだ。 そう思っていた矢先、プロジェクトチームの一員でチーム編成では大いに 活躍してくれた技術部の星田くんから電話が入った。 「あ、有川課長ですか。 プロジェクトの件、今からどう進めましょうか。 実は昨日の夜が、羽賀コーチとのコーチングセッションだったんですよ。 それでね、このプロジェクトをどう進めるかっていうのを課題にしてみた んです。 それでちょっとご提案したいこともあるので、今からお会いできませんか?」 「あぁ、そうだな。こちらは電話待ちになっているのでこのフロアを離れる わけにはいかないんだ。 営業フロアのミーティングスペースでよければ話しをしよう。」 「はい、わかりました。 じゃあ今から伺います。」 そうか、星田くんも羽賀コーチのコーチングを受けているんだったな。 彼なら話しの飲み込みが早いので、やりやすいな。 ホント、星田くんが技術屋でなければすぐにでも欲しい人材なんだが。 でもプロジェクトで同じ仕事ができるというのは、部下としているのと同 じようなものか。これ以上贅沢は言えないかな。 そう考えると、本当に私は恵まれているんだな。 上司は部下を選べるが、部下は上司を選べない。 また、仕事そのものも部下は上からの命令で動かなきゃいけない。 それだけに、部下が思ったように動ける環境っていうのを作ることは大事 なんだよな。 こんな話し、菊池課長に言ったら 「なんでそんなに部下に気をつかわなきゃいけないんだ。 会社あっての社員だろう。上からの命令で動くのは当然だ!」 なぁんて言われそうだな。 これからもきっとあの人とは話しが合わないだろうな。 そう思うと篠田さんが不憫でならないよ。 そんなことを考えているウチに、技術部から星田くんがおでました。 「有川課長、早速なんですが昨日のコーチングセッションで思いついたこと をお伝えしたくて。是非聞いて下さい。」 「星田くん、まあまあ落ち着いて。 とりあえずあちらのミーティングスペースへ移動しようか。 宮永さん、お茶を二つ入れてくれるかな。」 「はい、わかりました。」 「ところでこの話は、まだ二人だけの方がいいのかな? それとも他のメンバーにも聞かせていいのかな?」 「そうですね、まだナイショ…ってほどでもないので、他に聞かせても特に 問題はないですよ。」 「そうか、よし。 菊池課長! 前村くんをちょっとだけ貸してもらってもいいですか? それと…藤井くん、良かったら君も来てくれないか! あ、宮永さん。お茶をもう二つ、いや、君の分もあわせて三つ追加だ!」 にわかに活気づいてきたプロジェクト。 さて、ここからが本番だぞ! |
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