第五章 会議そして事件


  話しは少し前にさかのぼる。
 
 「・・・というわけで、役員へのプロジェクト提案まで6週間。
  この期間で、売り上げ倍増計画の大筋を決め、その裏付けデータを集め、
 そして報告資料の作成までを行わないといけなんだ。
  ゆっくりしている時間はないぞ。」
  プロジェクトメンバー会議の初回。私はメンバーに対して最初にこのこと
 を告げた。
  メンバー全員が緊張している。なにしろ6週間しかないんだから。
 
  プロジェクト開始としての会議を開いたのは、メンバー結成の翌日。まだ
 藤井くんや三宅部長の件で頭が一杯になる前のことだ。
  初回のプロジェクト会議は、プロジェクトの期日とスケジュール作成から
 始めた。
  3週間でプロジェクトの提案内容を決定。
  2週間でその裏付けデータや調査を実施。
  最後の1週間で資料の作成。
  こう考えると、6週間という期間はあっという間。
  さて、どうやって進めたらいいものか。
 
  この日の会議は初回ということもあり、スケジュールと雑談で終わってし
 まった。
  しかし雑談と言っても中身は濃い。いかにしてこの矢木沢産業を盛り上げ
 るか、メンバーの強い意志を確認することができたのだから。
 
  ところが翌週の会議。
 
 「課長、有川課長!
  どうしたんですか、ぼーっとして。」
 「え、あ、あぁ、星田くんか。悪い悪い。ちょっと職場の方で問題があって
 ね。
  で、どこまで話しが進んだんだっけ?」

  プロジェクト会議は毎日提示終了後に2時間ほどの時間をかけて実施する
 ことにした。
  が、毎回全員が出席できるというわけでもなく、毎日1〜2人は抜けるか
 遅れて出席。どうしても会議の進みが遅れてしまう。
  その上、この週は私の頭の中が藤井くんと三宅部長の件でいっぱいいっぱ
 い。
  どうしてもプロジェクトに集中できなかった。
 
  そうしてあっという間に第2週が過ぎてしまったのだ。
  残りは4週。本当にプロジェクトは完成するのだろうか・・・?
 
  第3週に入る直前に、藤井くんと三宅部長の件は完了!
  羽賀コーチに後から聞いて知ったのだが、人間というのはこのような心残
 り(コーチングでは未完了というらしい)があると、なかなか前に進めない
 らしい。
  足に鉄の球をつながれた状態で走れというようなモノだ。これを先に完了
 させることに集中すると、完了後のすすみ具合が早くなるとか。
 
  とにかく、今から全力でプロジェクトに当たらねば。
  と思った矢先、ちょっとした事件勃発。

 「だから、オレが言っている『新製品開発』これしかないんだって!」
 と声を大にしているのは開発部の星田くん。
  この案は三宅部長との件がすっきりした翌日に、営業フロアで聞いた案だ。
  星田くん曰く、新製品開発を通して、社内の開発〜製造〜販売までのプロ
 セスの簡略化をモデル化し、それを通して今までの社内システムのムダを指
 摘。
  そのムダ省くことを全社展開することで、全社のスリム化を図ろうという
 ものらしい。

  それに対して真っ向から対立しているのが、頑固オヤジの古畑さん。
 「開発開発って、おまえは考えるだけだからいいだろう。
  しかし、製造ってものの立場から見ればそんな大きな改革はよけいなコス
 トをかけるだけなんだよ!
  今のシステムを最大限に活用して、製造コストを下げつつ生産数の増加を
 行う。こっちの方がいいに決まっとる!」

  ふぅ・・・あの星田くんがここまで熱くなるとはな。また古畑さんも頑固
 だね。聞く耳を持たないって感じだわ。

 「あのぉ〜、それよりももっと『売り上げ』ってところに目を向けた方が…」
 めずらしく口を開くのは製造管理の本多くん。
  協調性を重視するサポーターの割りに、思い切った発言だな。
  というよりも、星田くんと古畑さん以外の残りのメンバーはこちらの方に
 重点を当てている。
  で、どうして本多くんが口を開いているのかというと、横にいる営業の前
 村くんにつつかれたからにほかならない。
  いじめられっ子がいじめっ子に命令されてやらされているって感じだな。
 
 「で、有川課長はどうお考えなんですか?」
  星田くん、そんな目でにらむなよ。確かにいいアイデアだとは思うけれど、
 このメンバー全員からの支持を得られなければ、先には進めないんだから。
  下を向いてそんなことを考えていた。そして顔を上げてみると…
  そこには私を注目しているメンバー5人の顔が見えた。
  うっ…ここは直接的な意見は避けた方がよさそうだな。

 「そ、そうだな。それぞれの意見はとてもよくわかった。
  といっても私の一喝でプロジェクトが決まるワケではないんだ。
  そこをよく理解してくれよ。
  まずはこの場での方向性を決めること。これが大事じゃないかな。」
  と、適当な言葉でこの場をごまかす。
  ふぅ、どうすればこの場がまとまるんだ。
 
  一難去ってまた一難。
  神様って、どうして自分にこんな試練を与えてくれるんだ?
  
                  ★

 「・・・というわけで、三宅部長と藤井くんの件が片づいたと思ったら、今
 度はプロジェクトチーム内での話し合いが思ったように進まなくて。
  こんな場合、どうすればいいんでしょうか?
  早くプロジェクトの方向性を見いださないと、期限が来てしまうんですよ。」
  今週の羽賀コーチとのセッションは、この話題しかないと決めていた。

  6週間の期限のうち、すでに3週目に突入。
  プロジェクトの方向性くらいは見いだせていると踏んでいたのだが、星田
 くん、古畑さん、そして残りのメンバーという3分裂が発生。
  毎日会議を行っても、各々が自分の意見を言い張るばかりで前に進まない
 状態。これが一週間も続いているのだ。

 「なるほど、ちょっと質問していいですか?」
  と、羽賀コーチ。
 「えぇ、どうぞ。」
 「有川さんは、このプロジェクトをどのように成功させたいと思っているの
 ですか?」
 「どのようにって・・・それが今ひとつイメージできないんですよね。」
 「最初にプロジェクトを提案しようって思ったときは、矢木沢産業をどう変
 えようと思ったのですか?」
 「そうですね。とにかく今ムダだと思えるモノをスリム化したいと思ってい
 ましたね。
  そして、社内がもっと活気づいた雰囲気になればと。
  そうすることで、社員一人一人の意欲が湧き、生産性も向上するんじゃな
 いかって思っています。」
 「では、そのことをプロジェクトメンバーはご存じなのですか?」
 「はい、プロジェクト立ち上げの時にあいさつとしてこのことは伝えました
 から。知っていると思いますよ。」
 「そうですか。ちゃんと伝えているということなんですね。
  ちょっと意地悪な質問してもいいですか?」
 「え、どんな?」
 「おそらく社長や役員が、年の初めなんかに年度方針とかを社員にお話しす
 る事があると思います。」
 「えぇ、正月明けの最初の日に全社員を集めた『社長講話』が開かれますか
 らね。」
 「ではそのときに社長がお話しした言葉、どのくらい覚えていますか?」
 「え・・・そ、そうですね・・・あ、いや。ほとんど覚えていませんわ。」
 「そうなんですよ。実はよほど心に突き刺さる言葉でない限り、人間って記
 憶に残りにくいんですよ。」
 「あ、そうか。自分の思いを伝えても、それがちゃんと心に残っているか、
 なんてことはほとんどありえないな。」
 「ではどうしましょうか?」
 「そうですね。まずはもう一度伝えてみます。
  その上で、全員の意見をもらってこれを議事録として書き物にしておきま
 す。
  そうだ、私の考えをベースにメンバーからの意見を追加して、方向性をも
 う一度見つけ直そう。」
 「ではそれはいつやりますか?」
 「もちろん、今日の打合せでやりますよ。
  しかし、ちょっと問題があるような気がするんですよ。」
 「なんでしょうか?」
 「私が会議の司会進行をやってしまうと、自分の考えに引っ張って行ってい
 る気がして。なんか誘導尋問のようになるかも知れないという不安があるん
 です。」

  ここまで一気にしゃべり続けてきたが、私の言葉で羽賀コーチは少し考え
 込んでいるようだ。
  これから何が出てくるのか?
 
 「有川さん、プロジェクトについて少しお聞きしたいことがあるのですが、
 よろしいでしょうか?
  お話しできない部分についてはその旨を言って下さい。」
 「え、あ、はい。どうぞ、お願いします。」
  突然の羽賀コーチの言葉にちょっとびっくりしてしまったが、何か妙案で
 もうかんだのだろうか?
  とにかく羽賀コーチの質問に答えることにした。
 
 「このプロジェクトを計画する上で社外の人間、つまりコンサルタントのよ
 うな人が介入するというのは可能なのですか?」
 「えぇ、予算を申請したときにその旨の項目を入れてありますし、きちんと
 した機密契約を交わして頂ければ、むしろ歓迎しますよ。」
 「ではその予算というのは、どのくらいをお考えですか?」
 「えっとですね・・・」
  私は大まかな数字を羽賀コーチに伝えた。
 
 「そのくらいか、ならばなんとかなりそうだな。」
  羽賀コーチの独り言。そして続けてこのセリフが飛び出した。

 「有川さん、お一人紹介したい人がいるんですが。」
 「え、コンサルタントの方ですか?」
 「コンサルタントとはちょっと違うのですが、会議運営を効率よく、効果的
 に進めるプロフェッショナルです。」
 「へぇ、そんな職業があるんですか。」
 「はい、私と同じコーチをやっている堀さんという方なのですが、専門が 
 『ファシリテーター』といいまして、会議進行についてのエキスパートなん
 です。」
 「『ファシリテーター』?
  始めて聞く名前ですね。」
 「何はともあれ、一度お会いしてみませんか?
  先方には伝えておきますので。」
 「はい、是非一度お会いしてみたいですね。
  で、いつ連絡してくれるんですか?」
 「この後すぐにでも。
  あ、有川さんから『いつ』なんて言葉が出るなんて。
  なんだか私がコーチングをされているみたいですよ。」

  この後、ふたりで思いっきり笑い出してしまった。
  私も少しではあるが、コーチング的な会話ができてきたという事なのかな。
 
  このファシリテーターの堀さんなる人物が、今後のキーパーソンになると
 は、この時点では予想もできなかった。

                  ★

 「始めましてぇ〜、堀です!」
  私の目の前に現れたのは、年の頃なら40代後半、やせ形で小柄な女性。
 その表情はとてもにこやかで、人なつっこさを思わせる笑顔が印象的だ。

  羽賀コーチから紹介されたのは、同じコーチであり会議運営などを専門に
 扱っている「ファシリテーター」という仕事をやっている堀さん。
  今朝のコーチングで紹介されて、早速アポイントをとってもらい、夜に会
 うことになったのだ。

  しかし、堀さんから指定されたこの店、なんというかまた変わっているな。
  置いてあるものは自然食品ばかり。一見普通のサラダなのだが、そこに書
 いてある解説を読むと、無農薬で育ったレタスやトマトをふんだんにつかっ
 ているらしい。
  他にも麦トロご飯や魚を中心としたおかず類、無農薬の小麦粉をつかった
 ケーキや果物をふんだんに使ったデザート、そしてハーブティーの種類も豊
 富なのが魅力だ。
  そしてなにより、これらがバイキング形式で食べられるのが最大の特徴。
  こんなお店が近くにあったとはな。
  今度は家族を連れてきてみよう。
 
 「あ、どうも、有川です。初めまして。」
  そう言いながらいつものように名刺を差し出そうとすると、
 「あ、そんな無粋なあいさつはあとあと。
  まずは食事しましょうよ。お腹空いちゃった。」
  あいさつもそこそこに食事を取りに行く堀さん。一見すると自分勝手な行
 動にも思えるが、そこを感じさせないのが魅力的だ。その秘密は何なのだろ
 う?

  私もつられて食事を取りに行き、やっと落ち着くことができた。
 「いっただっきまぁ〜す」
  堀さんのあっけらかんとした言動。一体どんな人物なんだ?

 「で、羽賀くんからある程度は聞いているけれど、どんなことを依頼したい
 のかな? ちょっと詳しく教えてよ。
  あ、自己紹介も兼ねてね。」
  食事を始めてすぐに、堀さんからこう切り出された。
  ここでようやく、自分のことを話す機会となったのだ。なんだかめずらし
 い展開だ。

 「えっと、改めて始めまして。
  矢木沢産業の営業一課の課長をやっている有川です。」
 「へぇ、あの矢木沢産業で。しかも見たところ若いのに、課長だなんて。
  すごい優秀な方なんですねぇ。おどろいちゃった。」
 「はぁ…」
  そういわれて悪い気はしないな。ちょっと照れ笑い。
  続けて依頼内容についての話しにうつった。
 
 「羽賀コーチから少しはお聞きしているようですが、改めてご説明します。」
 「あ〜、そのていねい語、ちょっとかたいな。
  もっと気楽に話そうよ。仮面をかぶっているみたいで私は好きじゃないな。」
 「あ、そ、そうですか…
  じゃあ、改めて。
  今、会社であるプロジェクトのリーダーをやっているんです。
  まだプロジェクトの計画をメンバーと立てている最中なんですけど、どう
 もまとまりがつかなくて。
  意見が三つに分かれて、みんなそれぞれで言いたい放題なんですよ。そん
 な論議以前に方向性を見いださないといけないんですけど。
  なにはともあれ、時間がなさ過ぎてですね…」
 「で、私に目をつけた、と。
  あ、目をつけたのは羽賀くんの方か。
  ところで、時間がないって言ったけど、あとどれくらい猶予があるの?」
 「プロジェクトの概要を役員に報告するまで、あと三週間とちょっと。
  最後の一週間を報告資料の作成にあてたとして、実質半月程度ですね。」
 「なんだ、まだ半月もあるじゃないの。」
 「え!?」
  堀さんの意外な言葉に、驚きを隠せなかった。
 
 「半月も…って。そんな短い時間でチームをまとめて、方向性を見いだし、
 計画を立てる事ってできるんですか?」
 「たぶん無理でしょうね。」
 「無理って、堀さん、私をおちょくっているんですか?」
 「話しは最後まで聞く事よ、有川さん。
  今のままでは無理だって事。しかし有川さんは運がいいわ。
  なにしろ私っていう強い味方をつけることができたんだから。
  羽賀くんから聞いたところでは、毎日2時間くらいはとれるみたいね。
  まあ週5日稼働として、2時間×10日か。
  最後の3日くらいは、3〜4時間くらいとれるかな?」
 「あ、えぇ。無理じゃないと思いますけど…」
 「よし、それならOK 。
  予算はだいたいのところを聞いているわ。
  ホントならちょびっと足りないところだけど、羽賀くんたってのお願いだっ
 たからね。そのあたりはまけとくわ。
  とりあえず商談成立ってことでOK?」
 「え、えっと…
  そういえば堀さんってどんなことをしてくれるんですか?」
 「あら、言ってなかったかしら?ごめんね。
  明日から10日間、有川さんのプロジェクトチームの会議をとりまとめし
 て、プロジェクトを推進していきます。
  私の主な役割は会議の運営と推進。最終的な資料作成までは面倒をみるわ。
  私の概算だと、この手のケースは10日もあればおつりが来るわね。」

  なんなんだ、この自信は?
  終始圧倒されっぱなし。なんだかうまくペースにのせられた気もしなくは
 ないが。
  とはいっても、大風呂敷を広げているわけでもなさそうだ。羽賀コーチの
 推薦もあることだし、このままでは進まないのも確かだ。
  ここはファシリテーターの堀さんにかけてみるか。
 
 「で、デザートは何を食べようか?」
  やせの大食い? 堀さんの食欲にも圧倒されたのは言うまでもない。 

                  ★
 
 「…ということで、今日からしばらくは堀さんに来てもらうことになりまし
 た。
  やっていただくのは、会議の司会進行です。
  とにかく今のままでは前に進まないから。」
  私のこの言葉、これだけ聞くととてもきつく感じるだろうが、ここにいる
 プロジェクトメンバーは皆同じ事を感じていたのは間違いない。
  その証拠に、私の言葉に皆一斉にうなずいていた。
 
 「それでは堀さんを紹介します。
  この方は…」
 「あ〜、そんな前置きはあとあと。
  時間がもったいないから先に進みましょうよ。
  私のことだったら、そのうちいやでもわかることだから。それより私がみ
 なさんのことを聞きたいな。」
  こう割り込んできたのは先ほど紹介し損ねた堀さんである。
 
  小柄で細身の女性。年齢は40代後半か。
  しかし、見た目からは想像できないバイタリティと食欲(?)を持ってい
 る。
  何より自分の仕事に対してはとても自信があるようだ。
 
 「さて、有川さんからは皆さんのことを大まかに聞いています。
  が、短期間とはいえ今からじっくりとおつきあいする皆さんです。まずは
 皆さんのことを教えて下さいね。
  そうね…自己紹介も名前と所属だけじゃおもしろくないから、皆さんが持っ
 ている将来の『夢』ってのを聞いてみようかな。
  まずは…やっぱり有川さん、最初にあなたのことをもう少し聞いておきた
 いわね。時間は一人30秒。それ以上はカットだからね。何を話すかしっか
 り考えておいてね。
  じゃあ、有川さん、よろしく。」
 
  いきなり自己紹介を迫られて、一瞬頭が真っ白になってしまった。
  一体何なんだよ…。
  そう思いながらも必死にしゃべることを考えている私。
 「えっと、有川です。営業一課の課長で今回のプロジェクトチームのリーダ
 ーをやっています。
  それと、将来の夢でしたね。」
  ここまで言って、将来の夢というのがなかなか思いつかない自分に気づい
 た。
  一体私は将来何をやりたいのだろうか?

  そんな思いが頭をぐるぐる回り始めたとたん
 「はいっ、30秒。そこまで!
  有川さん、そんなに深く考えないで。もっと気楽にいきましょうよ。
  では次は…そこのあなた!」
  指名されたのは星田くん。堀さんにはメンバーの大まかなことを伝えてあ
 る。
  星田くんがコーチングに興味のあることも。
  だから次はやりやすいであろう星田くんを指名したのかな。
 
  私が時間を稼いだおかげか、星田くんは自己紹介をそつなくこなすことが
 できたようだ。
  続いて前村くん、古畑さん、山元くん、本多くんの順番に自己紹介。後に
 なればなるほど、30秒の間に自己紹介をまとめるのがうまくなっている。
  なんだかうまくしゃべれなかった自分が、ちょっとみじめな気がした。
 
 「さて、頭の回転もよくなったところで本題に行きましょうか。
  まずはプロジェクトの進行状況について、えっと…山元さん、ちょっと説
 明してくれないかな?」
  なぜよりによって普段は口数の少ない山元くんなんだ?
  彼は確かアナライザー。なかなか自分を表現するのが難しいタイプだと聞
 いているが…?

  その不安に反して、山元くんはてきぱきと順序よく理論立てて今までの概
 要を説明してくれた。
  周りできているメンバーも、おもわず聞き入ってしまうほどの説明のうま
 さ。
 ときおり、どこでつくったのかグラフなども取り出しての解説。長くもなく
 短くもなく、ちょうどいい具合の説明加減だ。
  なるほど、アナライザーの山元くんに解説を頼んで正解だったな。
  堀さんはそこまで見越していたのだろうか。

 「はい、山元さんありがとう。さすがだわね。順序よく理論立てて説明して
 くれたおかげで、今までの流れがよくわかったわ。
  では次に、このプロジェクトの目的をもう一度皆さんで確認しましょうか。
  一体何がこのプロジェクトの目的だと思いますか?
  できれば皆さんの言葉で聞かせて下さい。」

  こうやって始まった堀さんの会議の司会進行。
  自己紹介で一度頭と口を使っていたおかげか、メンバーのみんなは遠慮な
 く意見を述べていく。
  それに対して堀さんは、出た意見をてきぱきとホワイトボードに書いてい
 く。
  一通り意見が出れば次の質問。
  全員にまんべんなく意見を聞くのと同時に、一人の話しが長くなりそうな
 ときには
 「そうね、じゃあその件はここに書いておくから。
  今は他の人の意見も聞きたいので後から議論することにしましょ。
  それでいいですか?」
  と、てきぱきとした対応で議事を進めていく。
  言われた方(ちなみに頑固者の古畑さんだったのだが)も、それならと納
 得して、自分の意見を一度引っ込める。

  気がつくと2時間が終了。
  あっという間だったという印象。そしてなにより、その中身の濃さに全員
 が心地よい疲れを感じていた。
 
  ホワイトボードに書かれた議事を改めてみると、いつの間にかプロジェク
 トの方向性がそこに書かれていた。
  『従業員のための新しいシステムを考える』と。
  まだ漠然としているが、これで我々の進む道が少し見えてきた。
 
  これがファシリテーターの威力なのか。
  堀さんという人物、この先一体どんな展開を見せてくれるのか、とても楽
 しみだ。

                  ★

  堀さんがファシリテーターとしてプロジェクト会議に参加してはや3日。
  この日も定時後に会議。
  『従業員のための新しいシステムを考える』というコンセプトの元、製品
 開発や販売推進、開発体制、人事システムといった多岐にわたる意見が取り
 交わされた。

  一見すると意見が多すぎてあれもこれも、という感じでまとまりがないよ
 うに思えたが、ここがファシリテーター堀さんのすごいところ。
 「なるほど、たくさん意見が出たわね。
  では、あなたが『現場の人』だったら、どれから取り組んでもらいたいと
 思う?ちょっと考えてみて。」
  この調子で、取り組むべき項目の重要度をランク付けできた。
 
  そしてだんだんと一つの結論に行き着きつつあるのが、何となくではある
 が感じられてきた。

 「堀さん、ちょっといいですか?」
  堀さんの司会進行が一息ついたところで、こう切り出したのは技術部の星
 田くん。彼も私と同じく羽賀コーチのコーチングをうけている。
 「なに、星田さん?」
 「今気づいたんですけど、私たちの方向性って『人』ってところに向いてき
 ているような気がするんですけど。」
 「あぁ、そういわれればそうだな。」
  同感したのは頑固一徹、古畑さん。
  入社以来エンジニア一筋だった彼が、プロジェクトテーマの絞り込みに入
 るとかなりの発言してくれている。
  そう、『人』というところに対して。今までの仕事は『モノ』を相手にし
 てきただけに、これは予想以上の展開だ。
  以前の会議では、人の意見をなかなか聞き入れようとしなかった古畑さん
 だが、堀さんが来てからは人の意見を真剣に聞き入れるようになっている。
  これはおそらく、堀さんを仲介してメンバーみんなが古畑さんの意見をしっ
 かりと聞くようになったからではないだろうか。
  そう促すような会議の司会を行う堀さん。その技術には感心するばかりだ。

 「そうですね、今このホワイトボードに書かれている項目だけを見ても、 
 『うつ病』とか『やる気』とか、他にも『目標を持つ』なんて、とても工業
 系の会社のプロジェクトチームとは思えない内容ですね。」
 目の奥をきらっと光らせてこう発言したのは、購買の山元くん。理論派の彼
 が『人の心』といった曖昧な部分に対してどう反応するか、ちょっと興味が
 あった。山元くんは引き続きこう発言。
 「でも、ボクは前々から同じ事を感じていましたよ。
  仕事でもどうしたらもっと意欲を持って取り組めるのか。
  数字とにらめっこしているのは性に合っていますが、自分からやるのとや
 られているのとでは、効率も違いますからね。」
  ほう、やはり思っていることは同じか。
 
 「あの〜、私はこう思うんですよ。」
  ちょっとスローペースでこう切り出したのは製造管理の本多くん。根っか
 らのサポーターで、人の発言を支持することはあっても、なかなか自分から
 発言しないのが玉にきずだったのだが。
 「どうぞ、どんなことなの?是非聞かせて。」
 と堀さんが本多くんの発言を促す。このあたりは堀さんのうまいところだな。
 このおかげで、本多くんも発言しやすくなるんだな。
 「今までこの矢木沢産業って、どうしても効率重視だったと思うんですよ。
  ほら、昨年導入した新しい端末処理システム。
  確かに全部門がオンラインでつながって便利になったんですけど、未だに
 扱えない人もいるじゃないですか。
  ここだけの話し、私のところの課長はあの操作がいまだにできないんです
 よ。
  それなのに会社はそのフォローやってくれないですよね。
  おかげでいつも私が課長の変わりに端末処理をやる羽目になるんですよね。
  処理が効率よくなっても、人のやる仕事自体は減らないどころか増えてい
 るような気がします。
  ま、仕事だからといえばそれまでだけど、私みたいな人はたくさんいると
 思うんですよね。会社としてもっとこういった見えない部分にも着目して欲
 しいです。」

  メンバー一同、および堀さんは目を丸くしていた。
  なにしろ口べたでなかなか自分の意見を言わなかった本多くんが、これほ
 ど自分の意見を言ったのは始めて。びっくりだ。
  それだけに、腹の中にたまっていたモノがあったんだろう。
  そして、このプロジェクト会議の場の雰囲気が、彼のような人間にはとて
 も大きな意味を持つということも感じられた。
  この雰囲気が全社的な広がりを見せることができれば…
  これが今回のプロジェクトのテーマなのではないだろうか。
 
 「そうだね。みんなが言ったことやこの場の雰囲気をもっと多くの人に理解
 してもらえれば…」
  続けて発言しようと思ったその瞬間、ばたんと大きな音を立てて会議室の
 扉が開かれた。

  息せき切って現れたのは、営業二課の前村くん。
  今日は営業二課で会議があるとかで遅れてくるという連絡は受けていた。
  実は、前々から気になっていた同じ営業二課の篠原さんが、二日も連続で
 無断欠勤しているのだ。
  篠原さんはお世辞にも営業マンに向いているとは思えない。その彼を毎日
 叱咤激励して動かす菊池課長。どう見ても上司と部下の関係としてはうまく
 いっているとは思えなかった。

  さすがの菊池課長も無断欠勤が続いたとなると心配になり、今日は彼の家
 へ訪問したようだ。しかし反応無し。
  車がなく、家の中にいる形跡がなかったので、明日時間を作って数名で彼
 の行方を捜そうとしていた。
  そのための打合せだと聞いている。
 
  プロジェクト会議に遅れたといえ、そんなにあわてなくても…
 
  ところが、前村くんの次のセリフを聞いて、ここにいるメンバー一同は声
 を失っていた。
 「はぁはぁ…
  し…篠原さんが…篠原さんが自殺した!」

  頭の中が真っ白になり、体が硬直。時が止まった気がする。
  ほんの数秒、いや、コンマ何秒の間のことだったのだろうが、その時間は
 異常に長く感じられた。

                  ★

  消毒液のにおい。
  一歩そこに踏み込むと、少し前の記憶が呼び戻された。
 
  私が課長に昇進してしばらく経った頃、胃をやられて通院する羽目になっ
 たことがある。
  症状は軽い胃潰瘍。薬をもらうためだけに何度か通院したことがある。
  
  あのときの医者のそっけない態度と胃の痛みが脳裏に焼き付いているのだ
 ろう。どうしても「病院」というヤツが好きになれない。
  まぁ、病院が好きな人もそんなにはいないだろうが。
 
  夜の9時過ぎ。
  空いているのは救急患者用の入り口だけだ。
  そこから入り、2階の病室にあがる。階段を上がったところで目にしたの
 は、ソファに座り、両手で顔をおおい、何も言わずに下を向いている営業二
 課の菊池課長の姿だった。
  そして、そこから少し離れたところには、同じような姿でうなだれる女性
 の姿。前に見たことがある。確か篠原さんの別れた奥さんだ。
 
 「有川くん。」
 「あ、部長…」
  声をかけられ振り向くと、三宅部長が看護婦の詰め所から出てきたところ。
 「で、どうなんですか、篠原さんの具合は…」
 「まだ何とも言えないらしい。昏睡状態が続いているよ。
  とはいっても、応急処置がよかったので最悪の状況はとりあえずまぬがれ
 たようだがな。」
 「そうですか…とりあえずはよかった。」
  ここまで続いた緊張が、一気にゆるんだ。
 

 「篠原さんが自殺した!」
  会議室にこう叫んで飛び込んできたのは、営業二課でプロジェクトチーム
 メンバーの前村くん。
  昨日から無断欠勤をしている篠原さんの安否を気遣い、営業二課で捜索打
 合せをするので遅れると聞いていたのだが。

  そのセリフを聞いて、その場にいたメンバーは一瞬声を失っていた。
  ほんの数秒だったのだろうが、その沈黙はとても重くて長いものに感じた。
  その沈黙をようやく破ることができたのは、ファシリテーターの堀さんの
 一言だ。
 「前村さん、詳しいことを教えて!」
  堀さんは社外の人間なので、多少は冷静を保つことができたのだろう。
  その声にハッと我に返り、私も続けて言葉を発した。
 「とにかくどういうことなのか、もう少し話してくれ!」

  前村くんは息を整えながら、話を続けてくれた。
 「えぇ…、先ほど総務から営業二課に電話があり、篠原さんが高取山の山中
 で自殺を図ったと。
  しかし、発見が早くて一命は取り留めたとか。
  今、市営病院に運ばれているそうです。
  連絡を受けて、篠原課長が病院に向かいました。それと三宅部長も病院に
 向かうそうです。」
 「そうか…一命は取り留めたのか。それなら安心か…」
 「いえ、そうでもないようです。発見は早かったそうなのですが、意識は戻っ
 ていないし下手をすると脳障害の恐れもあるとか。」
 「脳障害…自殺って首つりか?」
  古畑さんが首をくくるジェスチャーでそう質問した。
 「いや、そこまで詳しいことは。でも自殺ならそうかもしれませんね。」
 「とにかく私も心配なので、病院に行ってみる。
  堀さん、ここまですすめてくれて申し訳ないのですが今日はこれで打ち切
 りにしましょう。
  古畑さん、後のことはお願いしてもいいですか?」
  こうやっていても仕方ない。同じ営業部で起きたことだ。私も事態を把握
 しておかねばと、こう切り出した。
 「あぁ、任せてくれ。」
 と古畑さん。さすがこの中では年長者だ。安心できるな。
 「何かわかったら古畑さんに連絡するので。」
 そう言い放ち、私は会議室を飛び出てタクシーを飛ばして市民病院へ向かっ
 た。

 「自殺って、首つりですか?よく発見できましたね。」
  私は三宅部長にそう質問した。
 「あぁ、篠原くんも運がいいよ。
  今日の夕方、篠原くんがホームセンターでロープを買ったそうだ。そのと
 きの表情がおかしかったので、店長がわざわざ篠原くんのあとを店員に追わ
 せたそうだ。自殺するんじゃないかってね。
  店員は高取山に向かう篠原さんを見て、間違いないと思い警察に通報した
 ようなんだ。
  しかし、通報している時に一度篠原さんを見失い、発見したのは首をつっ
 た直後だったらしい。」
 「しかし、なんでまた篠原さんは自殺を…」
 「『うつ病』だったらしいよ。篠原くん。」
 「やっぱり…それはうすうす気がついていましたが、自殺するほどひどかっ
 たとは思ってもいませんでしたよ。正直、仕事ではパッとしない人とは思っ
 ていましたけれど…」
 「うむ。うつ病が原因で離婚したのか、それとも離婚が原因でそうなったの
 か、いずれにせよ、離婚したあたりを境に症状は悪化したようだがな。
  この病院の精神科に通っていたらしいよ。」

  再度、ソファに目を移すと菊池課長。よく聞くとこんな事を繰り返しつぶ
 やいていた。
 「オレのせいなのか、オレがあいつをここまで追いつめたのか…
  あいつには立派な営業マンになって欲しいと思っていたのに…
  そしてあいつに奥さんを取り戻して欲しかったのに…
  オレのせいなのか…オレの…」

  その向こうに座っている、篠原さんの元奥さんはひたすらすすり泣くばか
 り。
 
  篠原さんは『面会謝絶』と札が下がっている病室の向こうに横たわってい
 る。
  私と三宅部長は、その病室と菊池課長、そして奥さんを交互に見ているし
 かなかった。

                  ★

 「そうですか、命は助かったんですね。それはよかった。」
 「あぁ、だがこの問題は奥が深いですよ。
  菊池課長は自分を責めているが、私は菊池課長のせいだとは言い切れない
 と感じているんですよ。
  この矢木沢産業の体質、これが根本原因じゃないかってね。」
 「根本体質って、分かり切った事じゃないか。
  有川があえて口に出さなくても、ちょっとおかしいのはみんなわかってい
 るんだよ。むしろこんな問題が起きなかった方がおかしいくらいだ。
  事実、技術部だってサービス残業を強いられて参っている連中はごろごろ
 しているんだから。」

  営業二課の篠原さんの自殺騒ぎの翌日、社内はこの話でもちきりだった。
  特に営業部はその渦中にあるわけだ。
  いくら隣りの課の出来事だとはいえ、他の部署はそうは見てくれない。朝
 からいろんなうわさ話が飛び交っている。
  中には根も葉もない、どこからそんな事が出てきたのか、というようなも
 のまである。今度はその情報でこちらがうつ病になりそうだ。

  そんな中、プロジェクトメンバーの製造一係の古畑さん、私の同期で技術
 部主任の森田、それに私有川の3人が食堂で一緒になり、先ほどの議論が始
 まったのだ。
  古畑さんには昨日の夜病院から一通り連絡しておいたため、ある程度冷静
 な態度で会話をすすめることができた。しかし熱くなっているのは森田であ
 る。
  今回の自殺騒ぎに限らず、とにかく会社のやり方がおかしいだとか、メン
 タルケアがなっていないだとか言いたい放題。
  前に一緒にのんでグチをこぼしていたときもこんな話しは何度もやったこ
 とがあったが、これほど熱くはなかった。今回の事件が引き金になったのか
、 マグマが吹き出すかのように熱い気持ちが口から飛び出してくる。
  しかし、その大半が会社の姿勢に対しての「批判」なのに気づいた。
 
  確かに森田の言うように、このところ心を病んでいる社員は増えているよ
 うだ。やれ残業がどうとか、仕事の内容がどうとか、上司がどうとか。原因
 は様々なのだろうが、これに対して何もケアがされていないのは確か。

 「ったく、有川のプロジェクトで利益を上げさせるってのもわかるけど、もっ
 とこういったメンタル面に目を向けるようにしないと、この会社はだめだ。
  おまえのところのプロジェクトでこれを取り上げることはできんのかよ!」
  森田は最後にこう言い放ち、職場へ帰っていった。
  残された古畑さんと私は、このことについて真剣に考え出した。
 
 「確かに森田の言うとおりだろうな。
  実際その当たりを感じているからこそ、この間のプロジェクト会議では 
 『人に目を向ける』って言葉が出てきたんだ。」
 「そうでしたね。有川課長、今日のプロジェクト会議でもっとこの件を掘り
 下げてみるのはどうですか。
  今、私たちメンバーの方向性もこちらに向いてきているし、ファシリテー
 ターの堀さんには私から提案しますよ。」
 「そうですね。古畑さん、お願いします。」

  古畑さんと別れた後、社内管理職の緊急会議が開かれた。
  話題はもちろん篠原さんの自殺の件。
  会議といっても何か議論するわけではなく、篠原さんの現状報告と妙なう
 わさを広めないようにというお達し程度。
  その真の原因「うつ病」については何一つふれることはなかった。
 
  定時後、いつものようにプロジェクトメンバーと堀さんが会議室に集合。
  古畑さんから先ほど打ち合わせたとおり、篠原さんの自殺とうつ病につい
 て議論したいという提案がなされ、全員一致でこれに取り組むことにした。
  その冒頭、堀さんがこんな話しを始めた。
 「うつ病なんかの原因で『ストレス』なんて言葉を使うけど、これって心の
 状態じゃないんだよね。体の状態のことを言うんですよ。
  ストレスなんて言うと悪者に聞こえちゃうけど、適度なストレスは人を成
 長させるためには必要なんだよね。
  でも問題なのは過度のストレス。
  話しを聞くと、その篠原さんの課長さん。その課長さんからの言葉っての
 は篠原さんにとっては過度なストレスだったかも知れないけど、もっと奥に
 問題がありそうね。
  うつ病って、ちゃらんぽらんな人はかかりにくいの知ってた?
  かかりやすいのはがんばり屋の真面目な人。
  おそらく篠原さんが頑張らなきゃいけない状況が何かあったんじゃないか
 な。
  これを誰にも話すことができない、この状況の方が問題だと私は思うな。」

  これはうすうす感じていた。
  原因は菊池課長の言葉じゃない。篠原さんが誰にも何も自分のことを話す
 ことができない、そんな状況をつくってしまった周りの責任なのかもしれな
 い。
  そんなことを考えていると、堀さんはさらにこんな質問を投げかけてきた。
 
 「ところで、誰か篠原さんの仕事での行動や成果について知っている人いる?
  ひょっとして、誰もそれを知らないんじゃないの?
  特に前村くんと有川さん、近くにいてどうだった?」
 
  こんな言葉を投げかけられ、ドキッとした。
  なぜならその通り、何も知らなかったから。これは前村くんも同じ。
 
 「それじゃあ、人ってやる気は出ないよね。
  だって、誰も自分がやったことに対して認めてくれないんだから。
  これじゃ、生産性を上げるなんてことできっこないわよ。」
 
  堀さんからストレートにぐさっと突き刺さる言葉。ぐうの音も出ない。
  そんな中、あの物静かな本多くんがこう語り始めた。
 「あの〜、提案なんですけど。
  せっかく『人に目を向ける』ってことで方向性が決まっていますよね。こ
 れを先ほど堀さんがおっしゃったことが会社としてシステム化できれば、こ
 のプロジェクトに直結するんじゃないですか。
  そこをもっと具体化していきませんか?」
 「よし、やろう!」
  立ち上がって叫んだのは、アナライザーの山元くん。
 「やりましょう。これに取り組まなきゃ意味はないですよ。」
  技術の星田くんがこれに続いた。
  他のメンバーも同じく立ち上がり、最後に私も同意。

 「さぁ、忙しくなるわよ!おいて行かれないようにしっかりついてきてね!」
 堀さんの一言で、メンバー全員の熱い意志が一つになった。

 「はい、その件で是非お話をお伺いできないかと思いまして。
  では明日の3時にお伺いしますのでよろしくお願いいたします。」
 「そうなんです。御社で導入実績があるとお聞きしたものですから。
  はい、そのお話をもっと詳しく知りたいと思いまして。
  ご協力お願いできないでしょうか。はい、よろしくお願いします。」
 「山元さん、この件はインターネットで調査できましたか?」
 「まかせておけ、ばっちり準備できたぞ。それより本多くんの調査の進み具
 合が気になるんだが。」
 「ボクの方なら大丈夫ですよ。どんどん仕事を言って下さい。」

  急に活気づいた第3会議室。
  時間は午後4時をまわったくらい。
  いつもならばプロジェクトメンバーは17時30分の定時後に集まって会
 議を開くのだが、3日ほど前から15時に仕事を切り上げ、この第3会議室、
 今は「プロジェクトルーム(臨時)」と掲げてあるこの部屋に集まることに
 している。
  なにしろ時間がないのだ。
  残りあと3週間弱。
  この間に調査、立案、プレゼン資料作成といったことすべてをやらなけれ
 ばならない。そのため、プロジェクトメンバーの各部・課長にお願いして特
 別に15時からプロジェクトに専従する時間を与えてもらった。
 
  先日の篠原さんの自殺騒動から「人に目を向ける」ということでプロジェ
 クトの方向性は固まった。
  では具体的にどうすればいいのか?
  この部分はかなり難航するかと思ったのだが、技術部の星田くんの一言で
 これが具体化したのだ。

 「『人に目を向ける』ってことは、いかに相手を認めるかってことですよね。
 それならうってつけのものがあるじゃないですか。ね、有川課長、それに堀
 さん。」
 「うってつけのものって…」
  星田くんにそう振られて、私は一瞬悩んでしまった。
  が、星田くんが言わんとしていることはすぐにひらめいた。
 「あ、そうか!そうだよ。この手があったか。」
  ファシリテーターの堀さんはすでに勘づいたらしく、そばでにこにこして
 いた。

  星田くんがひらめいたもの、そして私が納得したもの。そう、「コーチン
 グ」
 である。ファシリテーターでもあり、そしてコーチでもある堀さんが気づか
 ないわけがない。

 「何なんです?星田さんと有川課長、それに堀さんだけわかるなんてずるい
 ですよ。私たちにも教えて下さいよ!」
  営業の前村くんが物欲しそうな顔で訴えてきている。まあ無理もないか。
 「いやいや、隠す事でもないのでちゃんと教えるよ。
  星田くん、言ってもいいかな?」
  星田くんはにこっとしながら黙って首を縦に振った。
 「実は星田くんと私は『コーチング』というのを受けているんだ。」
 「コーチング? 何ですか、それ?」
 と前村くん。他のメンバーも興味深そうな目で私たちを見ている。
 
 「実はここにいるファシリテーターの堀さんも、コーチングを行うコーチと
 して活躍しているんだ。
  私が説明するよりも、ここはプロ・コーチから説明してもらった方がいい
 かもしれませんね。堀さん、お願いしますよ。」
 「わかったわ。じゃあスパッと手短にいきましょうか。
  『コーチング』っていうのは、コミュニケーションの技術なの。
  コミュニケーションを取る相手の『やる気』をいかに引き出すかってもの。」
  この時点でメンバーの目の色がすでに変わってきたことに気づいた。

  堀さんの説明はさらに続く。
 「コミュニケーションの技術ということで、最近ではいろんな企業で導入さ
 れているのよ。主に管理職にこの技術を学んでもらい部下をいかにやる気に
 させるか、そしてどうすれば自分で考えて行動し、結果を出す人財に育てら
 れるかってところで使うことが多いわね。
  その結果、上司と部下の信頼関係が強くなって、部下が上司に何でも相談
 できるようになったっていうところも多いわね。
  そのおかげで、部下のうつ病といったようなものを初期の段階で発見し、
 対処できているって事も聞いているわ。」

  私を始め、メンバー一同は深くうなずいた。
  が、アナライザーの山元くんからこんな質問が飛び出した。
 「じゃあ、コーチングってうつ病なんかを治す効果もあるってことですか?
  それってカウンセリングとどう違うんです?」
  堀さんはすぐにこう答えた。
 「残念ながらコーチングではうつ病といった心の病気は治せないわ。コーチ
 は医者でもカウンセラーでもないから。
  コーチングはコミュニケーションを円滑にする技術。その結果、うつ病と
 いったようなものを予防したり、相互理解を行うことで回復のお手伝いをす
 ることはできると思っているのよ。
  カウンセリングや精神科医の治療は患者そのものに機能するもの。コーチ
 ングは患者を取り巻く環境を整備していくものって考え方もあるわね。」

 「堀さん、そのコーチングについてもっと詳しく教えて下さいよ。
  どういった技術なのかも知りたいし、それによって得られる効果っていう
 のも確認したいですから。
  また、どういった応用ができるのかも。
  そこを調べることで、この矢木沢産業にどんな形で導入でき、どんな効果
 を生むのかを提案できるでしょ。」
  そう言いだしたのはサポーターの本多くん。
 「よし、まずはこのコーチングってやつを制覇してみるか。」
  コントローラーの古畑さんらしい発言だ。
 「前置きはいいから、もっと話しを聞かせて下さいよ。早く早く!」
  ちょっとせっかちなプロモーターの前村くんは、堀さんをこうせかした。
  私と星田くんは目を見合わせて、お互いの意志を確認しあった。
  これならやれるぞ、と。
 「よし、まずはコーチングについての学習と調査、それから導入実績のある
 企業を調べて、その効果を確認しよう。
  その上でさらに我が社の実状に即した提案ができるようにすすめていこう。
  みんな、これでいいかい?」
  私の発言に一同がうなずく。
 
  この瞬間から、矢木沢産業が変わっていく。そんな予感がしてきた。

                  ★

  プロジェクトの計画を役員に報告するまであと一週間と迫ったこの日、ま
 た一つ事件が発生した。

 「菊池課長、そんなに自分を責めないで下さい。
  今回の件は菊池課長のせいではありませんよ!」
 「いや、今まで自分がいかにひどいことをしてきたか、この数日間自分自身
 を見つめ直すことでこれに気づいたんだ。
  その上での決断なんだ。気にしないでくれ。
  それよりも、今まで君たちにもきっとひどい言葉をかけていたんだと思う
 と、大変申し訳なくてね。
  今までよく私の下でやってくれたよ。
  本当にありがとう。」

  営業二課の菊池課長、どうやら辞表を提出したらしい。
  そして本日、本人の強い意志ということで会社がそれを受理したとのこと。
  
  営業二課の篠原さんの自殺騒ぎ。篠原さんはまだ意識が回復しないらしい。
  一部では菊池課長が篠原さんに対して暴言を吐き続けた事によるストレス
 が原因だといううわさが流れている。

  確かにそれは一要因だったのかもしれない。
  だからといって、今回の件は菊池課長の責任ではない。これは多くの人が
 わかっていること。
  端から見れば、昔ながらのモーレツで強引な進め方で部下を指導してきた
 菊池課長。そのやり方に対しては私も疑問を持つ部分が多かった。
  が、それはあくまでも指導方法の話し。人間的には広い心を持っていたの
 は十分知っていた。

  特に篠原さんが自殺した日に聞いたあの言葉
 「あいつには立派な営業マンになって欲しいと思っていたのに…
  そしてあいつに奥さんを取り戻して欲しかったのに…」
  私はこの言葉が耳から離れなかった。

 「有川くん、いろいろとお世話になったな。
  君には少し冷たく当たることもあったが、君のその才能はこの会社では絶
 対に必要なことだ。
  いま取りかかっているプロジェクト、私はこれを見ることができなくなっ
 てとても残念だが、君ならきっとやり遂げてくれる。そしてこの矢木沢産業
 をいい方向へ変えてくれる。間違いない。
  新任の課長が来るまでは、部長が営業二課を見てくれるそうだが、君のサ
 ポートが必要なんだ。よろしく頼むよ。
  私の分までがんばってくれ。」
 「はい、わかりました。」
  今の私には、これ以上かける言葉が思いつかなかった。
 
  去っていく菊池課長の後ろ姿。
  数週間前までは気性の激しかった、いつ見ても何かに向けて突進していた
 あの背中。
  それが今ではすっかり丸くなり、なにか憑き物が落ちたような感じも見ら
 れた。そして寂しさも一緒に…。

  午後になりプロジェクトルームへと顔を出す。
  あと一週間。この時間で資料を作り上げなければならない。
  方向性は「コーチング」をベースとした社内コミュニケーションの改善策。
  コーチングをただの研修事業として取り上げるのではなく、あくまでも 
 「手法」の一つとして取り上げることで、社員の意識の方向性を変えようと
 いうものだ。
  矢木沢産業で働く社員が常に目標意識を持ち、それに向かって走り続ける
 ことができるか。そしてそのための環境をいかにして作り上げるかがポイン
 ト。
  先週まではそのための事例やデータ集めにメンバー一同が走り回り、その
 中から有効だと思える方法を見つけ出した。
  そして今は、そのプレゼンテーションのための資料作成に力を注いでいる。
 
 「あ、有川課長。」
  プロジェクトルームにいたのは、製造管理の本多くんだった。メンバーは
 15時からこの部屋に集まることにしているのだが、時間がある人は随時自
 分の作業をやりに来ていいことにしている。

 「おぉ、本多くん。来ていたのか。」
 「はい、自分の担当している部分で、ちょっと有効な情報を得られたもので。
 どうしてもその部分を追加したいと思ってですね。」
 「へぇ、どんなところなんだい?」
 「えぇ、情報網を製造業だけでなくサービス業まで広げたら、いい実例を見
 つけたんですよ。
  娯楽業界で有名な作丸商事ってご存じですか?」
 「あぁ、パチンコとかカラオケとかで業績が伸びているところだろう。この
 不況の中あれだけのびている企業もめずらしいよな。」
 「その作丸商事がのびている理由、なんと『コーチング』らしいんですよ。」
 「え!そうなのか?」
 「はい、私たちがすすめている提案とほとんど同じような形で2年前に経営
 革新をやったらしいんですよ。各店舗にその内容を展開させたら、なんと従
 業員の満足度が上がり、社内の志気が高まったらしいですよ。
  あそこの副社長はお若くて頭が柔軟ですからね。それに賛成した社長もた
 いしたものですよ。」
 「よし、いい事例があったな。それをうまく盛り込めばかなり有効な資料に
 仕上がりそうだ。」

  うん、なかなか順調にすすんでいるな。これなら満足いくものができそう
 だ。
 「ところで有川課長、菊池課長は本日で退職されたらしいですね。」
 「あぁ、何も菊池課長の責任ではないはずなのだが。」
 「本当に責任を取るべき人って、誰なんでしょうか?」
 「本多くんは誰だと思うんだい?」
 「責任という意味では、やはり経営者である社長になるんでしょうか?
  しかしちょっと違う気も。
  確かに会社の雰囲気をここまで傍観してきた経営陣にも責任はあると思い
 ます。でも、今回の問題の本質って、この雰囲気を作り上げた私たち一人一
 人にあるんかないですか?」
 「あぁ、私もそう思う。
  責任というのとはちょっと違うかもしれないが、悪いのは社長でも経営陣
 でも、菊池課長でも篠原さんでもない。そして我々一般社員でもない。
  悪いのはこういった時にどのようなコミュニケーションを取ればいいのか
 を知らなかった『無知』ということなんじゃないかな。
  だからこそ、今回のプロジェクト提案の意味があるんだ。
  そうは思わないか?」
 「はい、今回のプロジェクトの目的は『知ってもらう』ことにあるんですか
 らね。よし、やってやるぞ!」

  普段は物静かな本多くんがこれだけの意欲を見せる今回のプロジェクト。
  これが成功すれば、矢木沢産業は売り上げだけでなく会社の体質としても
 大きな飛躍が期待できる。
  待ってろよ、みんな!

 「みんな、ここまでよくやってくれた。本当にありがとう。」
  プロジェクトの役員発表を明日に控えたこの日、できあがった資料を前に
 私はプロジェクトメンバーにこう声をかけた。

 「とんでもない。このような仕事に自分を使ってくれた有川課長にこそ感謝
 ですよ。とても充実した数週間でしたよ。
  本当にありがとうございました。」
  最初に発言したのは製造の古畑さんであった。言葉はまだ続く。
 「自分は製造で物ばかりを見てきたんですけれど、組織をまとめ上げるのに
 は心の底から『人』を見ないといけないということに気づかされました。
 これ以上ない体験でした。」
 「古畑さんは、私がいないときにチームリーダーとしてメンバーを引っ張っ
 てくれましたよね。
  本当に助かりましたよ。特に資料作成の段階になって全体を見渡しながら
 それぞれのメンバーに仕事を指示する姿。
 厳しい中にも芯が通っているのが実感できたので、メンバーのみんなもつい
 てきてくれたんだと思います。」
  古畑さんのリーダーシップがなければ、このチームもまとまっていなかっ
 ただろう。本当に感謝しかないな。

 「その通りですね。
  古畑さんには後半ずいぶん助けられましたよ。」
  こう発言したのは営業の前村くん。同じ課の篠原さんの自殺騒ぎとその影
 響で業務がかなり切迫していたにもかかわらず、夜遅くまでプロジェクトに
 関わってくれた。前村くんはさらにこう続けた。
 「自分も正直、最初に声をかけられたときは『おもしろそうだな』って思っ
 た程度だったんですよね。
  でも、篠原さんの自殺騒ぎで『こんなこっちゃいかん!』なんて思いまし
 たよ。
  篠原さんを自殺に追い込んだのは、誰でもないここにいる自分たちだって
 気づいたとき、いてもたってもいられなくなりましたからね。
  この気持ちを、矢木沢産業の従業員全員に持ってもらうことができれば、
 間違いなくこの会社は変わりますよ!」
 「前村くんも、篠原さんの件で本当はそれどころじゃなかったんだろう。
  そんな中、よく頑張ってくれたよ。
  前村くんの営業力があったからこそ、今回これだけのデータを集めること
 ができたんだから。
  本当に感謝しているよ。」
  前村くんの前向きなパワー、私はこれに助けられたんだということに改め
 て気づかされた。

 「ホント、前村さんのパワーには半分あきれていますけどね。でもそのパワ
 ーのおかげで私もデータ整理のやりがいがありましたよ。」
  購買の山元くんの言葉だ。前村くんは照れくさそうに笑っているが、山元
 くんは真剣な目でこう続けた。
 「今回、資料作成について全面に任せて頂いたことに、本当に感謝していま
 す。
 久しぶりに、いや、始めて自分の力をフルに発揮できた、そんなプレゼン資
 料が作成できましたよ。
  前村さんが集めてきたデータが蓄積されたからこそできた仕事です。あり
 がとうございます。」
 「山元くんのデータ分析とプレゼン資料作成の能力の高さには、メンバー一
 同が感謝しているんだよ。おそらく矢木沢産業で山元くんの右に出る人はい
 ないだろうな。この資料で明日のプレゼンが失敗するわけがないよ。」
  私はこういいながら、明日のプレゼンに対して徐々に自信がついてきてる
 ことに気づいた。

 「私もそう思いますよ。そばで山元さんのサポートをしていて、これほどや
 りがいのある仕事はないと感じましたからね。」
  製造管理の本多くんがこう言葉を続けた。
 「今まで仕事でいろんな部署や人のお手伝いをしてきましたけれど、こんな
 にてきぱきと仕事をして頂いて、しかも指示の内容もていねいだったので、
 こちらもやってやろうって気になりましたよ。
  矢木沢産業全体が今回のプロジェクトチームのようなまとまりを見せたら、
 怖い物なしになるでしょうね。」
 「いやいや、本多くんの援助がなければ、みんながのびのびと動くことがで
 きなかったと思うよ。
  細かい雑用の仕事まで気を回してくれて本当に助かったよ。本多くんがみ
 んなを支えてくれていたようなものだな。」
  縁の下の力持ち、今回ほどこの言葉を実感したことはなかった。

 「そうそう、本多がいろんなことをやってくれたからこそ今回のプロジェク
 トの企画もうまく進んだんだよな。」
  本多くんと同期の技術の星田くんがこう語った。
 「プロジェクトルームにはいつも最初に来ていたよな。
  それどころか、いつも出て行くのが最後だったろ。しかもきちんと片づけ
 までしてくれて。おかげで気持ちよく作業をすすめることができたよ。
 これからは本多のようなヤツにこそ、スポットライトがあたるべきなんだよ
 な。
  今回のプロジェクトがうまくいけば、きっとそうなるよ。」
 「そういう星田くんも、コーチングについての情報をたくさん集めてきてく
 れたり、みんなのモチベーションをあげたりと活躍してくれたね。
  みんなの潤滑剤のような役割をしてくれたんだよな。おかげで気持ちよく
 一つのことに取り組めたよ。ありがとう。」
  さすが、私と同じ羽賀コーチのコーチングを受けているだけある。
  そのおかげで、トータルバランスを見ることができたんだろうな。
 
 「そうね、羽賀くんも同じ事を言っていたわよ。
  星田さんの声がとても弾んでいたって。コーチングについては質問攻めに
 あったのは参ったともいってたけどね。」
  ファシリテーターでありコーチでもある堀さん。今回もカラットした口調
 でポンポンとしたテンポで語ってくれた。
 「なにはともあれ、ここにいるメンバーの思いが一つになったからこそ、今
 目の前にしているこのプレゼン資料ができあがったんだよね。
  私もこんなにやりがいのある仕事は今までになかったわよ。
  ここにいる皆さんに関われて、とても幸せだったわ。
  本当にありがとう。」
 「お礼を言うのはこちらの方ですよ。
  堀さんがみんなから意見を引き出し、そしてまとめてくれなければこんな
 に短期間に作り上げられませんからね。
  さすがはプロですね。」
  私は堀さんに敬服してこう語った。
  それに対して堀さんは
 「なぁに言ってんのよ。プロなんだからこれくらいやらないと恥ずかしいわ
 よ。
  とかいいながらも、本当は期日が迫っていたことについてはちょっとびびっ
 てたんだけどね。」
  笑いながらそう答えてくれた。
 
 「課長、いよいよ明日ですね。」
  星田くんが私の目をしっかりと見つめて、手をさしのべた。
 「矢木沢産業の未来のために、そしてここに働くみんなの未来のために。
  明日は思う存分やりましょう!」
  私は星田くんとあつい握手を交わす。するとメンバー全員の手がその手に
 かぶさってきた。
  お互いがお互いの目を見つめ合い、全員が一つになった瞬間だ。
 
  矢木沢産業は間違いなく変わる。
  働くみんながイキイキとした表情でいる会社の姿が私に、そしてメンバー
 全員にはっきと見ることができた。





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